3-3
「慎んで糧を頂戴いたします」
修道院からずっと続く、聖女の『いただきます』の挨拶を済ませると、ナターシャは自分用のナイフとフォークを手にする。
そして皿のど真ん中にのっているタコらしきものの一部を切り取ると、自分用の小皿に移した。
周りにいる団員たちは、ナターシャの冷静な様子に驚いている。こんな状況なのに、嫌がる素振りをまったく見せないとは。
しかし、この件に関しては、ナターシャは別に演技をしているわけではなかった。
――これを食したら一体どうなるのか……興味深いですわ。
お初にお目にかかるゲテモノなので、多少の不安はある。だが、未知なる世界を体験してみたいという気持ちが遥かに勝る。
ナターシャは荒ぶる好奇心に背中を押され、フォークで刺したタコらしきものの一部を、ついに口に運んだ。
その瞬間、ナターシャの瞳孔がカッと開く。
柔らかな弾力に、溢れる肉汁、口の中いっぱいに広がるスパイシーな香り。
――な、な、なんですのこれは……!?
予想外の味に衝撃を受けたナターシャは、全身の毛穴という毛穴が開いた。
手が止まらなくなったナターシャは、どんどん食事を口に放り込んでゆく。貴族令嬢であった上品な所作をそのままに。
そうして気づけば、目の前にある料理を全部平らげてしまっていた。
周りにいる者たちは、呆気に取られた表情でナターシャを見ている。
当事者であるアリストも、穏やかな目を丸くしていた。
ナターシャは最後の一口を食べ終えると、聖女服のポケットからハンカチを出し、しとやかに唇を拭う。
そして未だそばに立つアリストを見上げて言った。
「大変美味しゅうございました、ありがとうございます、マッドボーン伯爵」
アリストの正式な爵位を添えて礼を言うと、ナターシャはふわりと柔らかな笑みを浮かべた。
心からの感謝の言葉と、女神のような微笑みを向けられたアリストは、一瞬固まった後、ボンッと音が出そうなほど赤面した。
その突然の変化に、ナターシャは目をパチクリさせたものの、アリストから視線を離さない。
よほど恥ずかしいのか、アリストはフードをさらに深く被って激しく目を泳がせる。
――あらあら、ずいぶん可愛らしいところがありますのね……。
初対面の時といい、アリストは予想外なことが飛び出すビックリ箱のようだと、ナターシャは思った。
「大丈夫ですか、伯爵、困らせてしまったなら申し訳ありません」
ナターシャが言うと、アリストはブンブンと勢いよく首を横に振った。
「ボクが、つ、作ったの、みんな、あ、あんまり、食べないから……」
「あら、そうですの? こんな美味しい料理を召し上がらないなんてもったいないですわね。ご安心ください、マッドボーン伯爵が作られた品は、わたくしが余すところなくいただきますから」
胸に片手をあて、自信満々に宣言するナターシャ。その姿は聖女というより、女騎士の片鱗を覗かせる。
――か、カッコイイ……。
アリストは思わずキュンとして、恋する乙女のようにもじもじし始める。
その時だった。
「だんひょーーーっ!!」
キッチンの方から聞こえた大声に、ナターシャが振り返る。
すると先ほどアリストが出てきた場所に、仁王立ちしている男の姿があった。




