3-2
「……あの、今から食事をするんですわよね?」
「……そうですよ、あなたのせい……おかげで、今夜は特別メニューです」
――ん? 今、あなたの『せい』と言われたような……。
特別メニューと言うからには、普段とは違うメニューなのだろう。それなのに、どうして誰も嬉しそうにしないのかと、ナターシャは不思議に感じた。
その時だった。ナターシャがなにかの匂いに気づいたのは。
ナターシャだけではない。テーブルについた者全員が、その独特な匂いを感じ取った。
ナターシャは自身の臭覚が反応した方向を振り返る。
横側の少し先に見える白い壁面の端には、人一人通れそうな縦長四角の穴が空いている。
そしてそこから紫色の煙のようなものが漂っていた。
異臭の出所を突き止めたナターシャが次に捕らえたのは、空洞の出入り口から現れた人物。
フードを目深に被った彼は、ローブの長い袖から出した両手で大きなトレーを持っている。
しかしその上にのった物体は、少し離れた場所からでは、紫色の塊にしか見えなかった。
ナターシャが彼の動向を見守っている間も、団員たちは俯いた姿勢を変えない。しかし先ほどよりも顔色が悪く、中には「うっぷ」といってえずきそうになっている者もいた。
それでも鼻を塞いだり、逃げ出したりしないのは、団員たちの優しさだろう。
無表情で目を閉じたままのパトリックは、精神統一で乗り切ろうとしているようだ。
アリストは一歩、また一歩と前進すると、ナターシャの前で足を止める。
大きな丸皿の上にのったそれを間近にしたナターシャは、内容を確認しようと観察する。
人間の頭より大きくて丸いものは、タコだろうか。その周りには無数の足が生えたムカデのようななにかや、昆虫の羽のようななにかに、カエルのようななにかなど、とにかくよくわからない物体がグチャッと一緒になって盛られている。
目の前でじっくり見たところで、そのブツを解析することは不可能であった。
「……ど、どうぞ」
静まり返った食堂で、アリストの小さな声が漏れる。
大人と子供が入り混じったような、低くも甘いそれは、トレーを持つ手と同じくやや震えていた。
ナターシャが得体の知れない物体から顔を上げると、立っているアリストを見上げる形になる。
長い前髪の隙間から見える、希少な鉱石のような銀灰の瞳。
あちこちに動くそれを、ナターシャはじっと見つめていた。
「これは……」
「ぼ、ボクが、作った……」
まさかとは思ったが、そのまさかのようだ。
どうやら空洞の出入り口の向こうは、キッチンになっているらしく、アリストはそこで料理をしてきた……と。
――わたくしは、試されているのかしら……?
目の前に置かれた品を見て、ナターシャの中にそんな仮説が浮かんだ。
血生臭さに薬品を混ぜたような異臭に、身の危険を感じるレベルのグロテスクな見た目。
これがアリストにビンタした罰なのかとも思ったが、だとしたらわざわざこんな手の込んだことをする必要はないだろう。
なによりも、ナターシャはアリストから悪意を感じなかった。
それどころか、ナターシャの傍らに立ったまま待機したアリストは、ソワソワした様子で、食べてくれるのを楽しみにしているようにさえ見える。
ナターシャは腹を括ると、両手を合わせて目を閉じた。




