2-12
「……それにしても、弱小魔力でよく無事にここまで辿り着けましたね」
「え?」
藪から棒に言われ、ナターシャは疑問符を浮かべた。しかし、パトリックの質問の意味はすぐにわかる。
「魔獣たちに襲われたりしませんでしたか?」
確かに辺りは魔力に満ちていたが、個体として確認したのはスフェーンタイガー一頭だけだった。
しかもそのスフェーンタイガーも、片目を治癒した後、どこかに走り去ってしまい、身の危険を感じることなど一切なかった。
庶民の家に生まれ、修道院で育ったナターシャは、今まで魔獣と関わったことがなければ、その能力や性質にも詳しくない。
ゆえに、まさか自分の隠した魔力を、野生の勘とやらで察知されたのではと危惧した。
「……特に危険なことはありませんでしたわ、たまたま運がよかったのかもしれませんわね」
ナターシャは何事もなかったかのように、平静を装って誤魔化した。するとパトリックはチラッと横目でナターシャを窺い見る。
ナターシャの中身はいざ知らず、見た目は聖女であり、もちろん武装もしていない。
だから、魔獣たちも特に敵とは見なさなかったのだろうと、パトリックは考えた。
「……まあ、魔獣たちもバカではありませんから、誰彼かまわず襲ったりはしませんがね」
パトリックがそう言ったところで、二階の角部屋に到着する。
「こちらがあなたの部屋ですので、どうぞご自由に」
パトリックはそれだけ言うと、ドアを開けもせずに踵を返す。
本来なら各地に聖女が配置されれば、歓迎会が開かれたり、自己紹介する機会が与えられるものだが。
ティルバイトは聖女を必要としていないため、ずいぶんあっさりした感じだ。だが、面倒ごとを避けたいナターシャにとってはありがたい。
どうかこのままほっといてくれと願いながら、ナターシャは目の前にあるドアを開いた。
すると向かって左側に長四角のテーブルと椅子、右端にベッドが置いてある。家具と壁紙は白く、床は廊下と同じ黒だった。
ナターシャはドアを閉めると、数歩足を進め、部屋の中央で全体を見回す。
ピカピカとまではいかないが、目立つ汚れや破損もない、比較的綺麗な部屋だ。
シンプルでこぢんまりしているが、ナターシャが住んでいた修道院の部屋よりはずっと広い。
底辺とはいえ一応『聖女』であるから、こんなまともな部屋を与えてくれたのだろう。
本当は聖女ですらない『追放者』だとバレたら、どんな扱いを受けるのか。
それにアリストを引っ叩いた罰や、幼女の行方も気になる。
ナターシャはとりあえず聖女服のポケットから、チョコレートサイズの荷物を取り出すと、テーブルの引き出しを開けてその中に隠した。そして白いベッドに背中から倒れる。
するとバフンッと音を立て、適度な弾力がナターシャを受け止めてくれた。
――まあ、ひとまず休みましょうか。体力が回復すればいい考えも浮かぶかもしれませんし……なんとかなるでしょう。
うだうだ悩むのが嫌いなナターシャは、部屋に着くなり寝ることにした。
そうと決めるとすぐに目を閉じて、ほんの数秒後……すっと夢の世界に旅立ってゆく。
問題は山積みだというのに、さすが豪傑の悪役令嬢。その図太い精神は未だ健在であった。




