2-11
パトリックとナターシャは、真っ直ぐに続く廊下を歩いていく。
その最中、パトリックはふと目にしたナターシャの姿に違和感を覚えた。
「おや? 荷物はないんですか?」
パトリックに指摘されて、ナターシャはようやく思い出した。
ティルバイトに来てすぐ、荷物を小さくしてポケットにしまったことを。
タイミングを見て元のサイズに戻すつもりだったのに、魔獣に会ったり幼女を追いかけたり……いろんなことがありすぎて、すっかり荷物のことを忘れていたのだ。
こうなった以上、荷物の存在を知られるわけにはいかない。
上級魔法を使えることがバレる=大聖女であることがバレるということなのだがら。
「あっ……その、来る途中で落としてしまって」
「ふぅん、とんだドジっ子ですね。どうせ不要な聖女だからまともな案内もつかず、入り口で置き去りにされたんでしょう」
ナターシャのこめかみにビキッと血管が浮かぶ。
本当に口が減らないパトリック、図星なだけに腹が立つ。
王都を出たことで開放的になっているのか、ナターシャの主演女優賞並みの演技が僅かに揺らぐ。
それを自覚したナターシャが気を引き締めていると、パトリックがさらに続ける。
「まあ、ティルバイトには魔力がない人間は入れないので、一般人がここまで案内することは不可能だったでしょうが」
それを聞いたナターシャは、なるほどと納得する。
案内人は魔力がないただの運転手だったので、出入り口から先に進むことができなかったのだ。車体を引いていた馬も然り。
とはいえ、入れる状況だったとしても、丁寧に最後まで案内してくれたかと言われれば、違うと思うが。
「では、ここには魔力のない人間や生き物はいないんですの?」
「ええ、いませんよ。ティルバイトはロッドベリル魔術団と魔獣たちの聖地ですから」
魔力がある者しか入れないとなると、魔術師、聖女、魔獣だけになるので、かなり限定される。
そんな孤立したような空間だから、いろんな噂が生まれるのかもしれない。
ナターシャがそう考えているうちに、パトリックは当初の話題に戻す。
「しかし、荷物がないとなると、着替えもありませんよね。言っておきますが、ロッドベリルは男しかいませんので、女性用の衣類は……」
パトリックはそこまで言って、なぜか言葉を切った。そして少し間を置いてから続ける。
「ないことはないですが、期待しないでください、たぶん貸してもらえませんので」
ないことはない? 貸してもらえない?
つまり、一応女性用の服もあるが、その持ち主が貸してくれない、ということだろうか。
しかしパトリックは今、ロッドベリル魔術団には男性しかいないと言ったところだ。だとしたら団員以外で、一緒に暮らしている女性がいるのか。
そう考えた時、ナターシャは先ほどの幼女が頭に浮かんだ。
――いや、仮に彼女がここにいたとしても、さすがにあのサイズはわたくしには着れませんわ……。
どう見ても五、六歳だった女児の姿を思い出し、ナターシャは心の中で突っ込んだ。
そうこうしているうちに、二人は館の端まで来る。
ナターシャが入ってきた出入り口とは反対側の角だ。
どうやらこの館には二つの扉があるらしい。
しかしエントランスらしき場所はなく、どちらも開けば、真っ直ぐに繋がった廊下に出るだけだった。
パトリックは扉の手前で曲がると、二階に続く階段を上がる。
ナターシャもそれに従い、白い手すりのついた黒い階段を上った。




