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一団員を叩いただけでも問題だろう。それなのに、まさかの団長に一撃をくらわせてしまった。
ここで生きていくためには、一番偉い人物と円滑な関係を築く必要があったのに……。
――さようなら、わたくしの第二の人生……。
もはや抵抗しようがないナターシャは、遠くを眺めながら、第三の人生あるかしら……? とぼんやり考えていた。
すると、黒髪の青年が徐に立ち上がり、ナターシャの前に向き直る。
「……あなたは、王都から派遣されてきた聖女様、ですよね?」
灰になりかけていたナターシャは、声をかけられハッとすると、なんとか形状を保つ。
「あ、は、はいぃ、そ、そうでございます……ナターシャ・リアン・ブランビスク、歳は十九、スリーサイズは上から八十六、五十八、八十三……」
「そこまで言わなくてけっこうです、必要なことはすでに聞いてありますので」
焦って不要な情報まで口走るナターシャを、彼はピシャリとした口調で制した。
「し、失礼いたしました」
「私はパトリック・リヴ・ノーマン、ロッドベリル魔術団の副団長で、アリスト様の片腕です」
「ふ、副団長様……どうぞ、改めてよろしくお願いいたしま……」
「別によろしくしなくてけっこうですよ」
パトリックはナターシャの言葉を遮ると、ハンッと鼻で笑い、冷たい目で彼女を見下ろした。
「ティルバイト専属の聖女になるなんて、ろくなもんじゃないでしょう? 無能でいらない聖女を送ってきたことはわかっていますから。国のルールに合わせた形だけの配置、そもそも私たちには聖女など不要なので、どうぞご自由になさってください。ああ……先ほどここでなにがあったのか……その件については、後で団長から話を聞いておきますからね」
ペラペラペラペラと、よく口が回る。
口下手のアリストと足して二で割れば、ちょうどいいのではと思うくらいだ。
しかしパトリックの言っていることは的を得ている。だからこそナターシャはなにも返す言葉がなかった。
「……かしこまりました」
「では、部屋に案内します、ついてきてください」
パトリックはそう言うと、ナターシャを横切ってさっさと部屋を出ていってしまう。
ナターシャは恐怖のあまりアリストを見ることができず、後ろ髪を引かれながらもパトリックの後を追った。
どんな魔物や化け物よりも、今はアリストの反応が恐ろしい。
ずいぶんと静かだっただけに、なにを考えているかわからないのが不気味だ。一体、後でどんな制裁を受けるのだろう。
そんなことを考えながら、ナターシャはパトリックの後ろを歩く。
まさか、自分の行いが、意外な方向に作用しているとは知らず……。
「な……ナター、シャ……」
一人残された書庫で、アリストは赤くなった自身の頬に触れ、彼女の名を紡いだ。




