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「……どうしたのですか?」
ここでようやく彼がビクッと肩を揺らして反応を示した。
しかし、まだナターシャの方を見ようとはしない。
「……ぼ、ボクは、と、とんでもない、クズ野郎だ」
「えぇ?」
後二、三歩という距離まで近づいて、ようやくその声が言語としてナターシャの耳に届いた。
予想外な言葉に疑問の声を漏らすナターシャだが、彼はナターシャを無視してさらに続ける。
「こんな、こんな、か、簡単な、呪いも、と、解けない、なんて、ぐ、グズで、のろまで、で、出来損ないの、ダメな人間だ」
ピクリ、ナターシャの眉間に皺が寄る。
自分が一番嫌いなタイプの人間の匂いがしたからだ。
豪傑の悪役令嬢とまで呼ばれたナターシャは、ウジウジした陰気くさい相手を見ていると腹が立ってくる。
いやしかし、今の自分は女騎士ではなく聖女。しかもここは今後暮らしていく大事な場所だ。
波風を立てることなく、穏やかに対応しなれば。
そう自身に言い聞かせたナターシャは、心を落ち着かせ優しく話しかける。
「なにがあったか知りませんが、そんなに自分を責めるものではありませんわ」
「ど、どうせ、ボクなんか、ボクなんか」
「とりあえず落ち着いて、話を」
「ボクなんか、こ、この世に、必要のないゴミクズなんだぁ」
――プチッ
ナターシャは自分の中でなにかが切れると、無言でツカツカと男に歩み寄る。
その足音に彼が振り向こうとした瞬間。
――バチコーーン!!
盛大な平手打ちが彼の頬に奮われた。
勢いで彼は後ろの方に吹き飛び、本棚に背中をぶつけて尻もちをつく。
「黙って聞いていればグチグチグチグチと! 一体なんなんですの!? わたくしの見解が正しければ、あなたはロッドベリル魔術団の一員でしょう!? ロッドベリルといえば、最強の魔術師たちで結成された魔術団、誰でもそうやすやすと入れるものではないはず! つまり魔術団に所属しているあなたは才能あり! よって悲観する必要は一切なし! もっと自信をお持ちなさい!!」
ナターシャは座り込む彼を指差しながら、堂々たる姿で言い放った。
――ああ、イライラしましたわ、これでスッキリ……
ふうっ、と短い息を吐きながら、腕を組んで清々しい気持ちにな……りそうなところで、ナターシャは我に返る。
――わたくし、今、一体なにを……?
徐々に冷静さを取り戻したナターシャは、みるみるうちに青くなってゆく。
なにをしたって? あまりにもいじけた様子の男性を前に、イラつきすぎて手を出してしまったのだ。
さっきまで彼が持っていたはずの本は、ナターシャの足元に落ちていた。