2-7
「お邪魔いたします……」
鍵がかかっていなかったことにホッとしたナターシャは、声をかけながら躊躇いがちに室内に足を踏み入れる。
すると正面に真っ直ぐな廊下が見える。そこには長方形の窓が等間隔に並んでいて、ずっと先まで続いていた。
外は相変わらずの曇り空で、中にはほとんど光が届かない。
天井にぶら下がった蝋燭型の照明も、今は灯っていないため、室内は薄暗くなっている。それでも壁が白く、床が黒いことくらいはわかった。
他に建物が見当たらなかったため、先ほどの幼女もここにいる可能性が高い。
しかし、とりあえずはロッドベリル魔術団の長に挨拶すべきだろう。
これから長らくお世話になる予定なのだ、ここで最も力がある団長とは、円滑な関係を築きたい。
魔術団の誰かとコンタクトが取れたら、団長の元へ連れていってもらえるはずだ。
そう考えたナターシャは、幼女と一緒に魔術団員も探すことにした。
ナターシャが足を進める度、ギシ、ギシ……と、黒い床が軋む。
レンガで作られた頑丈な王宮に比べると、木造のここは少し頼りないような気がした。
しかし、床は割れることなく、壁に穴も空いていない。目立った汚れもなく、全体的に綺麗な状態ではあった。
「すみませーん、どなたかいらっしゃいませんかー?」
ナターシャがそう呼びかけた時、ふとなにかが聞こえた気がした。
ナターシャは耳を澄まし、窓と反対側に並んだドアを見る。するといくつか先にあるドアが、僅かに開いていることに気づいた。
誰かいるのかもしれない。
そう思ったナターシャは、そのドアに向けて歩みを進める。すると先ほど聞こえてきた音が、徐々に大きくなってゆく。
途切れ途切れの低い音は、まるで呪文のようだ。一体なんなんだろうと、ナターシャは開いたドアの隙間から部屋の中を覗いた。
するとすぐ正面に、黒いローブを着た後ろ姿が見える。
いかにも魔術師といった出立ちに、ナターシャはようやくロッドベリルの団員に会えたと嬉しくなった。
「あの……」
ナターシャは控えめにドアを開くと、声をかけながら室内に踏み込んだ。
すると中は思いの外広い。しかし、全面が本棚になっているため、やや圧迫感がある。
ナターシャの少し前に立ったローブ姿の人物は、前のめりになって本を読んでいるようだ。
ぶつぶつと低い声でなにやら独り言を言っている。
どうやら先ほどから気になっている音の出所は彼らしい。
背格好や声から男性だとわかるが、フードを被っているため髪の毛すら見えない。
「あのっ、すみません」
まったく反応を示さない彼に、ナターシャは先ほどよりやや大きめの声で話しかけた。
それでもまだ、反応はない。
痺れを切らしたナターシャは、少し足を進めるが、そこで初めて彼が震えていることに気づいた。
泣いているのだろうか。高い背を屈め、本を食い入るように見る彼は、ずいぶんと思い詰めた様子だ。
ナターシャは団長の居場所を聞くよりも、彼を落ち着かせる方が先だと考えた。