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しかし、幼女はすばしっこい上、木々や自然の形状を上手く利用しながら逃げるので、なかなか捕まえられない。
そうやっているうちに、徐々に森が深くなり、辺りは霧に包まれる。
視界を遮られたナターシャは、目を凝らしながら、茂る白黒の葉を掻き分けて進む。
完全に幼女の姿が見えなくなってしまったので、焦ったナターシャは声に頼るしかなくなった。
「お願いだからお待ちになって! どうかわたくしの話を聞いて……」
ください、と言おうとした瞬間、突然強い風が吹き込む。
ナターシャは反射的に目を閉じ、両手を顔の前に出した。
やがて風がやむと、ナターシャは手を下ろすと同時に、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
するとそこには、漆黒の洋館が建っていた。
――こ、これは……?
ナターシャは瞼を忙しなく上下させると、後ろを振り返ってみる。
そして大きく目を見開いた。
ナターシャの背後には、来た道を隠すように木々が生い茂っている。しかし先ほどまでとは色が違っていた。
木の幹は薄い茶色で、葉はすべて銀色に変わっていたのだ。
――あぁ……なんてこと……。
視界を埋め尽くす銀色の世界に、ナターシャは思わずため息をついた。
今まで見てきた白黒が混ざり、煌めきを足したようなその色は、この世のものとは思えないほど美しい。
ナターシャは一頻りその景色を堪能すると、改めて前を向いて、前方にある洋館を瞳に映す。
等間隔の三角屋根が並ぶ、二階建ての横に長い建物。窓や扉の縁は白いが、それ以外はすべて真っ黒だ。
これだけだとホラー感が強くなりそうだが、周りを取り囲む銀の樹木のおかげで、さほど恐ろしい雰囲気はない。
不気味さと美しさが融合した、不思議な空間。そこに立ったナターシャは、紫色の土を踏みしめて洋館に近づく。
ここがロッドベリル魔術団の城なのか、注意深く辺りを観察しながら。
「確かに魔力は感じますが、人もいませんし確認しようが……」
あるものが目に入ったナターシャは、ピタリと言葉を止めた。
ナターシャの足元、紫の地面にブッ刺さった低い木造の看板。
そこにはきったない字で『ロッドベリル魔術団の家』と書いてあった。
わかりやすい。看板を立ててくれていること自体はありがたいことだ。
しかし、とにかく字が汚い。この浮世離れした世界観を台無しにしかねないレベルだ。
ナターシャが近づいて目を凝らし、頭を働かせてようやく解読できたが。
前世、貴族であったナターシャは、それなりに教養もあったため、ここまで汚い字を見ると拒否反応が出る。
――うわあ……こういう字を書く人は本当に無理ですわ……。
汚部屋、ならぬ汚字にドン引きしながら、ナターシャは看板のそばにある扉から中に入ることにした。
看板のそばにあった扉なので、ここが正面玄関に間違いないだろうと思った末の判断だ。
白い縁に囲まれた黒塗りの扉。ナターシャは扉と同じ色合いのドアノブに手をかけると、回して後ろに引いた。
するとギィィと鈍い音を立てて、木造の扉が開く。