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――本当に、店も家も、なにもありませんわ。木の実もなっていませんし、これでは生き物が暮らすのは難しいでしょうに。
魔物やら魔獣やら、とんでもない生き物がうじゃうじゃいると想像していたナターシャは、少しガッカリした気分になった。
前世のような攻撃力はないが、防御に長けているナターシャは、バリアーでも張りながら、やばい生物たちを見物しがてら城に向かうつもりだったのに。
先ほどから感じる魔力、それはこの辺り一体に満ちているもので、生物としての個体ではないのかもしれない。
――期待はずれ、といったところかしら……。
ナターシャがそう心の中で呟いた時だった。
不意に訪れる大きな魔力の気配。
それを感じた瞬間、ナターシャは足を止めた。
そしてゆっくりと神経を尖らせる。
すると、背後から近づいてくる足音と、ガサガサと低木をすり抜ける音が聞こえた。
徐に後ろを振り返るナターシャの目の前には、通常のサイズの二倍はあろうか、大きな虎が立ちはだかっていた。
――き……キましたわーーーー!!
魔獣を待ちかねていたナターシャは興奮しながらも、虎を刺激しないようにミュートで喜んだ。
普通は恐ろしくて悲鳴を上げるところだが、ナターシャは普通ではないので仕方ない。
とはいえ、ナターシャが興奮するのも無理はないのだ。現れたのは、捕獲レベルSランクのスフェーンタイガーだったのだから。
四つん這いになっていても、ナターシャの顔の辺りまである立派な体格。虎らしい黒い波模様の入った毛並みは爽やかな黄緑で、瞳は高貴な黄金色。
光の加減で緑にも金色にも見える、まさにスフェーンの宝石のように希少な魔獣である。
しかし、ナターシャは興奮しながらも、スフェーンタイガーの違和感にすぐに気づいた。
「あら……あなた、目をケガしていますのね」
スフェーンタイガーは、様子を伺うようにナターシャの周りを行ったり来たりしている。まるでこいつは敵か味方かと品定めするかのようだ。
その二つある目の片方に、大きな傷が入っていた。
魔獣同士が戦った末の負傷だろうか、縦に深く刻まれたそれは、完全に瞳を塞いでいる。
「……そのままでも十分素敵な顔立ちですが、目が片方しか見えないのは不便でしょう?」
ナターシャはシールドを張ることもせず、じっと睨みつけてくるその目を見つめ返す。
ナターシャは癒しの魔法を使うべきか迷った。
ナターシャの手にかかれば、こんな傷治すのは造作もない。だが……。
――まさかこれが破滅への第一歩だった……なんてことはないですわよね……?
前世と同じことを繰り返したくないナターシャは、自分から行動することを躊躇している。なにがどこに繋がって、最悪を招くかわからないからだ。
大人しくしているのが一番……そんなことは重々承知だが。