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2-2

 ナターシャはティルバイトの場所を知らない。なぜなら地図を見たことがないからだ。

 右も左もわからない、たった五歳で修道院に入り、指導者である聖女の許可がなければ外にも出られない。彼女たちに与えられた情報は、指導者の聖女の話と、小さな書庫に置かれた浅い知識の本だけ。

 隔離された閉鎖空間で育て上げられた聖女見習いたちは、正式な聖女になって初めて、広い世界を知ることが許されるのだ。

 ナターシャの場合は聖女のふりをした追放者としてだが、外の世界を見られることに変わりはない。

 こんなふうに馬車に乗るのは、生まれた場所から修道院に移動した時くらいだ。

 ゆえにナターシャは新鮮な気持ちで、窓の外の景色を見ていたが。

 そのうち町並みが消えたかと思うと、ガタガタと揺れる石の地面を経て、深い森の中に入る。

 ナターシャの視界は、あっという間に緑の木々に覆われた。生い茂った葉が馬車に擦れる、本当にこの先に人が住む場所があるのかと疑いたくなるような、道なき道だ。

 しかし、ある一定のところまで来ると、ナターシャの肌がプツプツと粟立つ。

 まるで魔力に引き寄せられているような……初めて得る奇妙な感覚に、ナターシャが外の景色をもっと見ようと、窓に張りつこうとした時だった。

 突然、生い茂っていた木々がナターシャの視界から消えた。

 次の瞬間、ナターシャの目に映ったのは、広大に開けた土地だった。

 ナターシャは窓越しに見える光景に、目を見開いて息を呑んだ。

 減速した馬車がやがて動きを止めると、ナターシャははやる気持ちのままに、ドアを開けて外に飛び出した。


「……ま……まあぁぁ……!!」


 言葉にならない気持ちを声にするナターシャ。

 今彼女が立っているのは、短く不揃いな雑草が生えた地面。

 果てが見えない平野には、背が高いものや低いもの、幹が太いものから細いものまで、さまざなまな木々が多く生えていた。

 驚くべきなのは、その色合いだ。

 樹木の葉が白なら幹は黒、葉が黒なら幹は白く、リバーシブルのようになっている。

 そしてナターシャが踏みしめている土は紫で、そこから生えている雑草は、樹木と同じ白黒でできていた。

 カラフルな色がまったくない、毒々しい紫が支えるモノクロの世界。

 まるで黄泉の国に来たような、外界と遮断された独特の空気を漂わせている。


「……では、私はこれで」

「え? ちょっと待って、これからどちらに行けば……」


 ナターシャが言い終わる前に、運転手は手綱を引くと、馬を走らせ来た道に戻る。

 ナターシャが振り返った後ろに広がる、真っ白な葉をつけた木々の集合体。

 その細い道に飛び込んだ馬車は、茂った木々に覆われるように、あっと言う間に姿を消した。

 誰もいない静けさの中で、一人ぼっちで立ち尽くすナターシャ。

 追放者というよりも捨て子、捨て子というよりも、ポイ捨てされたゴミのような扱い。

 だが、ナターシャにとってこんな展開は想定内だ。

 危険と噂のティルバイト、最初からロッドベリル魔術団の城まで案内してくれるとは思っていなかった。


「……まあ、仕方ないですわね」


 ナターシャは小さく息をつくと、ふと空を見上げる。

 緑の森に入るまでは晴天だったのに、ここの空は厚い雲に覆われていて、太陽の光が届かなかった。

 改めて来た道とは反対側の前を向くナターシャ。

 木々は多いものの、そこまで生い茂ってはいないので、ある程度遠くまで見渡せる。

 しかし城は愚か、建物一つ見当たらない。

 人の気配もなく、風もないため、不気味なほどに静まり返っている。

 しかし、ナターシャの顔は恐怖に染まるどころか、いきいきとしていた。

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