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ナターシャが前を向いた時には、その台にはすでにジオバールが歩いてきていた。
相変わらず白に金の刺繍が入った騎士服を着ているが、普段より金の部分が多く、赤いマントを羽織っている。式典仕様の特別な衣装だろう。
王宮を模したかのように清麗なそれは、まさに聖騎士といった装い。骨太な体格に凛々しい顔つきのジオバールによく似合っている。とても国を乗っ取ろうとしている人間には見えないほどに。
「若き王のご登場だ、さあ、お二人も行きましょう、すぐに乾杯が始まりますよ」
側近であるジオバールが来たということは、次に登場する人物は王しかいない。
それをわかった上で、アランはナターシャとアリストをテーブルに誘った。
ナターシャに促され、アリストも頷くと、一番後方……王座から最も離れたテーブルの前まで歩く。
するとアランがいそいそとグラスにシャンパンを注ぎ、ナターシャとアリストに「はい!」と言って渡してくれた。
しんと静まり返る中、アリストは壇上に注目する。おそらくこの出席者の中で、アリストが一番彼の登場を待ちかねていた。
それは『王』に対してではなく、個人的な感情からだが。
やがて舞台の袖から現れたのは、ふわりとした真紅のマントを身に纏った小柄な人物。
彼は床に擦れるほど長いそれを揺らしながらゆっくりと前進すると、王座の前で立ち止まり正面を向く。
壇上にいる王と側近は、広間にいる参加者たちと向き合う形になった。
前を向くと、長いマントの合わせ目から金色の衣装が覗く、王である証の冠をのせたテレス。
彼は瞳だけ動かして広間をぐるっと見渡した。すると、一番後ろのテーブル近くに目当ての人物を発見する。
その瞬間、テレスは奥歯を噛み締め、顔が綻んでしまうのを堪えた。
――ああ、よかった、本当に来てくださった……!
周囲に悟られないように、心の中で歓喜するテレス。
どんなに人混みの中にいても、いつもと違う装いであっても、ずいぶん久方ぶりの再会であっても……すぐに見つけることができる。
テレスと目が合っていたのは、アリストだった。
テレスは小さく深呼吸をして気持ちを落ち着けると、スッと前に差し出された細長いグラスを受け取る。
ジオバールがいつの間にか、シャンパンを持ってきていたようだ。この国では十八歳未満は飲酒禁止となっているため、まだ十五歳のテレスはアルコール抜きである。
腰を低くしたジオバールの手からシャンパンを受け取ると、テレスはみんなに向けてそれを掲げた。
「この度は、建国百周年の式典に来てくれてありがとう。今後も我々の国、ソリスティリアに幸多からんことを祈って……」
テレスの号令に従い、王侯貴族たちは壇上に向けシャンパンを掲げる。
ナターシャとアリストも控えめながらそれに従った。
「かんぱーーい!!」
広間にいる王侯貴族たちから、一斉に声に上がる。見事なまでの一致具合から、式典やイベントで定例の行いだとわかる。
その後、みんなグラスに口をつけて、各々にシャンパンを飲み始める。