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「すーはー、すーはーと、息をするんですわ、ゆっくりと、焦らなくていいんですのよ」
ナターシャに言われた通り、アリストはすーはーと時間をかけて深呼吸する。
そうしたらだんだんと気分が落ち着いてきて、きちんと話ができる気がしてきた。
アリストは自分の中で準備が整うと、薄い唇をキュッと結んでから、意を決してもう一度開く。
そしてナターシャをしっかりと見つめ返した。
「……な、ナターシャ……綺麗だ」
――ズキュンッ!!
ナターシャの心臓を貫くハートの刃。
まさかそこまでストレートに褒められると思っていなかったので、完全に不意打ちをくらってしまった。
「……あ、ありがとうございますでございますわ」
焦ったあまりおかしな敬語を使いながら、ナターシャはアリストから手を離すと、自身の頬が温かくなっていることに気づいた。
――いやもう、これはあれですわね、あれですわよ、あああ……。
いつもどっしり構えているナターシャが、こんなふうに動揺することは珍しい。
まあ、つまりこれは、そういうことだろう。
「き、着てくれて、う、嬉しい、す、すごく、よく似合ってるね」
ナターシャの中でなにが起きているのか、まったくわかっていないアリストは、拙いながら懸命に気持ちを述べた。
そんなアリストにふにゃっと和みそうになったナターシャは、突然ハッとして自分自身に喝を入れる。
――いけませんわ、わたしくがしっかりしなければ……いでよ、わたくしの中のナタリー!!
過去の己を召喚したナターシャは、ムンッと胸を張り、強気な表情を浮かべた。
ティルバイトに来てからというもの、ナターシャは徐々にナタリー……本来の自分らしさを取り戻しつつある。
「ふふ、当然ですわ、アリストがわたくしのために選んでくれたんですもの。本当に美しくて、それに……どこか不思議な感じがしますわ」
自信満々に話していた途中で、ナターシャは少し考えるふうな素振りを見せた。
それは、ナターシャがこのドレスに袖を通した時に感じたこと。
なんらかのオーラに包まれているような、守られているような、そんな感覚を得たのだ。