#8 圧し斬りセールストーク
……さて、どうするか。
……いや、正直に言おう。打つ手なしだ。昔から俺は、大見得を切るばかりで、やることなすこと力及ばずだ。
もちろん、諦めるという選択肢はない。最後の、最期まで、奴をぶち殺すことは諦めるつもりはない。だが、奴に通じる手は……一か八かの賭け、それぐらいしかない。
奴に、俺の全巫力を込めた遁法をぶつける。どうあっても、こんな猪みてぇな結論になる。根本的に力が足りない人間には、結局捨て身しかない。だが、その好機を見つけるのが難しい。
……いや、まだ俺は最善を尽くしてない。俺の人生を考えろ。「浄忍の鍛錬」だけが俺のすべてじゃない。まかり間違っても一流だなんて言えないが、それでも俺は……商品の「価値」を売ることを生業とする、セールスマンだ。
「……けど、ガッカリだ。クソほど憎い仇がこの程度なんてよ。仇討ちだからって意気込んできたけど、つまんねぇ相手だぜ」
俺はそう吐き捨て、鉄板入りの靴を脱ぎ、その辺に投げ捨てた。地面にぶつかった金属が、鈍い音を夜闇の中に響かせる。
「滅多に会わねぇ怨鬼だ。全力でぶつかり合える強敵だと思ったんだが……もう終いにするか。今から、芯まで燃やして消し炭にしてやるよ」
手甲を外し、これもまた投げ捨て、指を鳴らす。口裂け女は、怪訝な顔で俺を見る。
……観客は人でなしのカス野郎だけとは言え、自分でも恥ずかしくなってくる猿芝居だ。ここまででも全力だよ。装備外して強くなるわけねぇ。
だが、クソほど憎いのは本心。まったくの嘘八百よりは、言葉に感情も乗った。多少は演技も迫真になった……と思いたいところだ。
これで俺を戦闘狂とでも誤認して、警戒してくれりゃそれでいい。俺を過大評価し、隙を見つけようとして動きが固くなるか、さっさと殺そうと全力を出すか。どっちかになってくれりゃ御の字だ。勝ちを焦った相手なら、全力勝負の土俵に乗る。
「構えな。叩き潰してやるよ」
……構えてくれ、くそ野郎。信じてるぜ。
「剋因沌法『裂』――」
――来た。ヤツの全身が金属の塊となり、両手が巨大な鎌に変わった。
「口裂創伝『断斬刃』……♥」
――よし。今考えられる中で、最も都合のいい形に着地した。
ヤツの腕が巨大な金属塊になった。つまり、熱伝導率の高い刃越しに、俺の「熱」を「限界まで」流し込めば、ヤツに直接大打撃を与えられる可能性がある。
俺は、奴に向かって駆け出した。
――風を切る音が鳴る。
ヤツの両腕が、俺の身体を貫く。
……今致命傷を負うわけにはいかない。俺は体をひねり、臓器の隙間を通す。
深々と突き刺さったヤツの「鎌」。それは、俺の体内で、この金属の塊が「覆われた」状態だということ。
手で触れるといった程度ではない。文字通り「血」を通して、「血因遁法」を直接流し込める。
殺せる。殺す。
俺の巫力を限界まで……俺が死ぬまで、こいつの腕に流し込む。北坂さんの仇は、ここで、俺が討つ。
俺は、勝利を確信し、奴を睨み付けた。
「……残念ェん♥」
思わず「あっ」と声が出た。奴は、俺を貫いた腕を、自分で切除した。
この瞬間に、俺の賭けは成立しなくなった。もはや、奴の身体と、俺の身体は、一切の接点を持っていない。
「力及ばず、勝負を焦った者ほど、目の前の餌にすぐ飛びつく……カワイイものよねェ♥」
巨大な鎌は、俺を貫いたまま地に落ちる。一か八かの勝負で……その前提自体がひっくり返った。
「……口八丁の謀りは良いけれど、そういうのは一か八かの捨て身じゃなく、状況を確実に固めるためのものよォ♥」
……ああ、なんて、情けねぇ末路だ。罠にかけたつもりが、完全に見透かされ、逆手に取られた。型にはめられたのは俺の方だ。
本当に、本当に情けねぇ。俺の人生の帰結がこれ……あまりにも、無様すぎる。こんなの北坂さんにも、どう顔向けしろって言うんだ。
俺は、身動きの取れないまま、その場に膝をつく。口裂け女は、切除した手首の根元から、細長い剣を伸ばす。
「でもね、お兄さん。弱い割には楽しませてもらったわァ♥貴方にはね、敬意をこめて……『全部』食べてあ・げ・る♥」
何が敬意だ。てめェにそんな上等な感情があるものかよ。食いしん坊のバケモノめ。
……ああ、ダメだ。悪態すらもむなしい。結局俺は、コイツも、「あの女」も、どっちも殺せなかった。ろくに手傷も負わせられなかった。
……結局、二体とも宮子に任せることになっちまったな。
あいつ、俺が死んだら、やっぱり泣くんだろうな。……初恋がどうこうみたいな下世話な話じゃないが、それでも、あいつは泣くだろう。間違いなく泣く。
最後には突き放すことになっちまったけど、あの戦火の中、一緒に生き残った仲間なんだ。俺だって、あいつには長生きして欲しい。幸せに、天寿を全うして欲しい。
……本当、悪いことしたよ。お前の言う通り、俺は浄忍なんて、目指すべき人間じゃなかった。
ただ、俺は、こいつらが許せなかった。
戦火の中で必死に生きて、やっと掴めた一人の人間としての幸福。それを面白半分で怨魔に奪われ、悲しむ権利すらも、浄忍に奪われる。
……そんなの、救われないだろ。彼らは何のために生きて、どうして死ななくちゃならない?彼らの無念を、誰が晴らしてくれる?誰が寄り添ってくれる?
だから、俺は「それ」が出来る人間になりたかった。社会のためじゃない。俺のためでもない。彼らのため……というのも、少し違うと思う。
俺はただ、塗炭の苦しみを味わってきた人々が、ようやく手にした人間としての尊厳を、奪わせないために、踏みにじられないために、この世にありたかった。
浄忍とはまた別の、社会の歯車のひとつとして。欠けていた隙間を少しでも埋められる存在に。理不尽に悲しい思いをする人間が一人でも少なくなるように。
社会の都合とか、偶然の不条理とか、一切無視した子供みたいな願いだよな。馬鹿は死ぬまで直らなかったってことだ。
……けれど、やっぱり、これが俺だったんだ。
――無念だな。誰か、俺の無念も、どうか、晴らしてくれ。頼むよ。
どうか、善も、悪も、ちゃんと報いを受ける……そんな、あるべき未来を――
足音が。近づいてくる。一歩。また一歩と。俺の方に――
これが、「死」――
* * *
「剋因沌法『標』――」
聞き覚えのある声が聞こえる。
宮子――?いや、違う。
誰だ。誰が……一体誰が、そこに居る――?
「百月奥伝 終焉『反魂崩莱』」
ヤツのうめき声が気付けとなり、俺は我に返った。俺と口裂け女の間に誰かがいる。そして、奴の両手の剣は赤錆を纏い、崩れ落ちていく。
「誰か」は、俺の身体を貫く刃に手を振れた。この巨大な金属の塊も、「誰か」の手によって、さながら数十年の年月を経過したかのように、全体が赤錆に覆われ、ほろほろと崩れ落ちていく。
出血は、思いの外に少ない。奇跡か、火事場の集中力か、重要な器官や血管はほとんど傷がつかなかったようだ。
次第に意識もはっきりしてきた。ぼやけていた視界も、徐々にハッキリしてきた。
誰だ。誰が俺を助けた。俺の前に、どんな浄忍が――
――目を疑うほかない。
俺の前に現れたのは、先日の高架の下で、月灯りに照らされながら死骸を貪っていた、俺の「もう一人の探し人」。
深夜の街並みには不似合いな若い女。白のブラウスに、赤紫のジャンパースカート。赤い瞳に輝く虹彩。十三夜の月を反射して、うっすらと輝く白い肌。清流のようにまっすぐな、艶やかな黒髪。
それは、あの夜に見た、忌者を喰らう、謎多き「女の怨鬼」に他ならなかった。
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