#4 永い夜
「朱弘、いったい何回言わせれば……」
「……違ぇよ、早とちりで突っかかってくんな」
みなまで言う前に、俺は宮子の言葉を遮った。こいつの言うことなんて、いつだって決まってる。
「取引先でお世話になってた、北坂さんの通夜に伺っただけだ。……怨魔にやられたんじゃないか、って予感はあったけどな」
宮子は、うっと口を噤んだ。故人が俺と面識があることは知らなかったようだ。……浄忍と言えども人の子だ。知り合いが亡くなった相手の事情に踏み込むのは、流石に抵抗があるのだろう。
「……友人ってわけじゃない。気の毒には思うが、深く悲しむ筋合いでもない。……別に、お前に怒ってもねぇから、気にすんな」
俺は、懐から煙草を出して火をつけた。暗い夜道に、小さな赤い灯りが灯る。
「……お前こそ、なんでこんな所にいるんだよ。面識もない犠牲者に線香をあげに来たわけじゃないだろ」
宮子は黙り込んだ。流石に俺をつけ回していたわけではないだろうが、おおよそ予想がつく。
「北坂さんを殺した怨魔……まさか『甲種』……『怨鬼』なのか?」
「!!」
……すぐに、カマかけに引っかかる。本当わかりやすいやつだよ。
もちろん、無根拠で言ったわけではない。まず、彼の遺体について、「死化粧」が行われていたにしても、損傷が少なかったこと。
巫力によって回復させたのは腹部と心臓回りのみ。つまり、喰われたのは「内臓」だけ。
知性のない「丁種」は、もっと雑に全身を食い散らかす。大型の「丙種」、超大型の「乙種」なんかが出たら、死体は原形をとどめないし、被害者数だってもっと多いはずだ。
つまり、「小型で」「偏食に至る知性があり」「一度に大量の犠牲者を出さない」そんな怨魔は……消去法的に人型怨魔である「甲種」の可能性が高い。
……加えて、俺にはもうひとつ気がかりがある。先日遭遇した甲種……「怨鬼の女」の存在だ。
奴は俺を食うことはなかった。だが、その理由は明らかではない。「偏食」ゆえの事情から、俺に手をかけなかっただけで、北坂さんがその手にかかった可能性は否定できない。
甲種は……「怨鬼」の危険性は、その力もさることながら、人間社会に自然と紛れ込めることにもある。脅威は、何一つ去っていない。
「あなたには、関係……ない。これ以上、浄忍の現場に首を突っ込まないで」
「そうだな。俺は、浄忍じゃない。せいぜい、殺されないように立ち回るよ」
俺は、煙を吐きながら適当に答えた。
「……嘘ッ!!」
宮子は、瞬時に俺との間合いを詰め、俺の右腕を強く握る。宮子の細い指は、先日の丁種との戦闘の傷痕に食いこみ、俺は思わず苦悶の表情を浮かべ、煙草を地面に落とした。
「やっぱり……、まだこんなことを続けて!!……朱弘!!……あなた、死ぬわよっ!?」
――煩い。わかってるんだよ、そんなことは。それなら、俺にどうしろってんだ。
浄忍の道を諦めて市井で生きてようと、俺の目には理不尽に死んでいく人々の姿が焼き付いている。そんな中で、のんきに暮らしてられる人間なんているかよ。
お前は、「本物の浄忍」だからこそ知らないんだ。俺のこれは使命なんかじゃない。「実感」だ。怨魔って存在が、市井を生きる人間にとって、どれだけ理不尽で、腹立たしい存在か。
存在それ自体が人の尊厳を踏みにじっているんだ。悲しむこともできない憐れな犠牲者が、何匹ぶち殺しても晴れることの無い底の知れない憎しみが、浄忍の世界に生きるお前にわかってたまるかよ――
「……巫術師に頼めば忘却措置もできる!!浄忍への道を断った者はみんなやってることよ!?行き場のない罪悪感だって忘れて、市井に生きられる!!……だからっ!!」
「放せ……っ!!」
俺は、宮子に掴まれた腕に力を籠め、彼女の手を振りほどいた。……わかってる。お前が、俺のことを心配してるってことぐらい。
だが、何もわかっちゃいない。お前から与えられる情けが、どれほど惨めで、俺の心をかき乱しているか、わかっていないんだ。
「……どの道、巫術師どもはそんな事に時間を割かねぇよ。今日まで俺が放置されてるのが、いい証拠だ」
「な、何を……」
「俺みたいなのは、泳がせておいた方が、浄忍衆にとっても得の方が多いんだよ」
俺は、宮子に掴まれ、しわになった背広の袖を伸ばしながら続けた。
「浄忍は人手不足だ。俺みたいな雑魚は組織的に運用できないにせよ、勝手に丁種の駆除をしてるようなら、その分の浄忍を高位の怨魔討伐の任務に回せる」
宮子は、黙ってただ俺を見る。俺は、地面に落とした煙草に火がついていることに気が付き、そちらに歩き寄った。
「……その結果、俺が死んでも浄忍衆の懐は痛まない。元々いないも同然の人間だ。お前の世話焼きは、年寄りどもにとっては『余計なこと』でしかないんだよ」
「…………っ!!」
――俺は、半端に燃え残った煙草を踏み潰し、火を始末した。
「……朱弘に死んで欲しくないって、それだけじゃ、駄目なの?」
宮子は、肩を震わせながら言った。
……なんて、最悪な気分だ。
「……悪いな宮子。だが、もう構わないでくれ」
俺は宮子に背を向け、照らす灯りのない夜道の向こうに、歩みを進めていった。
――いつからだろう、宮子に会うことが重荷になったのは。
大切にしてくれることも分かってる。心配をかけてしまっていることに、申し訳なさも感じる。
あいつが、俺の夢を一人で実現したことについて、妬む思いも、誇らしい思いも、心配になる思いも、約束を違えた情けなさも、そのすべてに偽りはない。
だからこそ、あいつとはもう会わないことが、お互いのためなんだと、俺はそう思っている。
俺の人生は、俺のものだ。自分の道は、自分で選びたい。
その道の先、死以外に何もなかったとしても、俺は、俺の選んだ道で、納得して死にたいんだ。
それが、初恋の人の気持ちを踏みにじることになるとしても、俺は――
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