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百鬼の忍 ~戦後を終えた日のもとで~  作者: CarasOhmi
【第四章】昭和異能蜜月録
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#1 東京ウジウジ

 広子ちゃんの告白を受けて、はや数日。

 彼女に、勇気を出して想いを伝えられたこと。それは、俺が綾夏に対して抱いている感情を、はっきりと伝えて前に進むべきだと、その背中を押した。


 ……だが、その一方で、俺にはどうしても踏み切れない気持ちもあった。「臆病風」とも取れるかもしれないし、その一面は確かにある。しかし、恋は一方通行では成立しない。


 想い敗れて、俺が恥をかくこと、無念に沈むこと。

 ……それは構わない。何もかもが思い通りにいかないことは、世の常だ。そうなった時、綾夏が何も変わらず過ごせるのなら、別に俺もそれ以上深入りするつもりはない。


 ――問題は彼女が、都市圏での安定した生存のための「食」を、俺に依存していること。つまるところ、彼女は「恋敗れた無様な男」に、気まずい思いで怨魔の肉の調達を頼まなくてはならない。……あるいは、危険を冒して自力で狩りを行うか、ということだ。

 ……彼女の場合、俺に気を使って、後者を選んでしまいそうな危うさがある。いくら俺が軽薄な人間でも、自分の慕情を優先し、彼女を危険にさらすような真似は許容できない。

 それゆえに、大の男としてはなんとも情けない話だが、自分の気持ちを自覚しながらも、俺は何も行動を起こせずにいた。


 関係をはっきりさせることには、確かに良い面もある。彼女の隣にいる関係の裏付けが出来れば、これから先もずっと、大手を振って彼女を支えることができる。……だが、それはさながら彼女の安全を人質に、関係を迫っているようだろう。

 それなら、俺の想いなど閉じ込めて、今のままの関係で彼女を助けていく方が、まだ誠実だ。


 彼女の沌法に使われる巫力を押さえる方法を、怨魔の肉以外に見つけられればあるいは……と思うが、剋因沌法の仕組みを考えると、外的な力でそれを封印しようというのも現実味に欠ける。

 今の俺から「(あらたか)」を「使えなくする」方法など、俺には想像がつかないし、謎多き百月の奧伝ともなればなおのことだ。


 ……臆病風を正当化している気分だが、現状の問題をどうにかするまで、俺の気持ちは彼女に伝える気はない。そのため、「良き友」としての現状を維持する日々を過ごす毎日。……これが、広子ちゃんが想いを寄せた男の姿かと思うと、なんとも情けない限りだ。


 ……しかし、互いにもう二十を超えた大人だ。そのまま五年、十年と、曖昧な関係を続けていくのは、流石にいかがなものだろう。このままでは、いけない。わかっている。

 だが、どうすれば今の状況を変えることが出来るのか。彼女の生活を脅かすことなく、俺の想いを伝えられるのか。一向にわからない。


 そうやって、俺が糸口を掴めずウジウジとしている間に、時期は三月も半ばに差し掛かっていた――



* * *



 ――あたたかな日差しの差し込む、午後のピオニィの店内。

 昼食時の営業が終わり、夕刻にさしかかるまでの準備時間、私は一人になった店内で、パートさんに出したまかないの食器を洗い、布巾で皿を磨いていた。


 その時、じりりと黒電話が鳴った。まだ店は閉めている時間だ。セールスか、公共手続きの催促か、はたまた常連さんの伝言か……まあ、どうあれ、これも仕事だ。


 ピオニィは近隣住人の社交場であり、現時点では各家庭に普及していない電話を利用するため、電話をお客様からかける時や、あるいは言伝を預かるのに利用される。それは営業時間外にかかることもあり、手がすいていたら可能な限りメモを残し、店内の掲示板に貼りだしている。

 手間は増えてしまうが、とはいえ「珈琲ついでに、要件が来て無いか確認に」と来店してくださる方も多い。これも店の営業の一環だ。

 今後の電話の普及に伴い、こうした需要は減っていくだろうが、逆に言えば今の状況で信用を獲得しておくことが、末永くこの店を続けていくためには重要とも言える。


 さて、この電話をかけているのははたして誰か、要件は何か、メモとして書き残すこととしよう。

「はい、こちら『純喫茶ピオニィ』です」

「………………」

「……?もしもし?」


 応答がない。無言電話……受話器から遠いのか、はたまた悪戯か。電話代だってタダではない。交換手に頼んでなんて手間も考えれば、そんな事をする人間もいるとは思えないが……。


「もしもーし?」

「…………ウフフ」

 声が聞こえた。若い……女性か?囁くような笑い声、要件を伝えようとしているようにも感じない。奇妙だ。私は得も言われぬ違和感を感じながらも、仕事の手を止めていることに、若干のいら立ちも感じながら、引き続き要件を問う。


「もしもし、お名前と、ご用件は何でしょうか?」

「ウフフ……わたし、メリーさん」

「………………?」


 メリーさん?

 ふむ、最近常連客の間でも、そんな都市伝説を聞いた気がする。


 海外メーカーの製造する「メリーさん」人形。女児人気が見込まれると、販売会社は「メリーさんとお話しできる電話番号」という広報での販売戦略を展開した。

 その人形が、紆余曲折で人を怨むようになって、かけた相手を電話で翻弄し、最後はナイフだかハサミだかで斬り殺してしまう、とか。


 ……この間のこっくりさんのこともある。何かしら怨魔に関わる話の可能性も否定できない。電話ということは、音波沌法を用いた認識阻害を行う可能性もある。私は、警戒を続けながら、電話を続けた。


「……メリーさん、ですね。それでは、ご用件をお願い出来ますか?」

「フフ……わたし、メリーさん。わたし、今ね……」

 私は息をのむ。


「今、『キャバレー新時代』にいるの」


 ………………


「……きゃ、『キャバレー新時代』だとォ?」


 思わぬ回答に、私は思わず立ち上がり椅子を倒してしまった。




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