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#3 死者は語らず

明松(かがり)。お前が担当してた新林(にいばやし)商事の担当者の北坂さんだが、先日亡くなったらしい」

 朝礼を終えて、昨日の外回りについての日報をまとめている俺の机に、課長が歩み寄り話しかけた。

 北坂さん……一昨年に俺が先輩から引き継いだ取引先の総務の方だ。先月、新しく事務所を借りる関係で必要になったということで、電気掃除機を卸す契約を取りつけたばかりだ。


「それは……事故か何かに巻き込まれたんですか?」

「いや、脳卒中らしい。まだお若いのに、気の毒な話だ」

 ……北坂さんは三十代半ば、働き盛りの年齢だ。個人的に親しかったわけではないが、こちらの話をよく聞いてくれる、人当たりの良い好人物だった。


 こういった、健康体の人間の「突然死」は、往々にしてその言葉通りの話ではない。それを俺はよく知っている。

 無論、断じることは出来ないが、首都近郊における「行方不明」「死体に損傷のない死亡事故」というのは、その三割程度が「怨魔」の被害であるとされる。

 死体の損壊が激しいものは「行方不明」、そうでないものは「死化粧」を施され「原因不明の突然死」と隠蔽されるのが常だ。


「うちからはお前が参列してもらう。香典についてはうちの名義で出すから、外回りに出る前に総務に申請してくれ。今日はそのまま直帰してかまわん」

「……承知しました」

 そう言って、課長は出金伝票を渡して席に戻っていった。


 ……この昭和の東京には、市民が思っている以上に「死」が溢れている。

 人々は、この死を「日本を立ち直らせるべく、猛烈に働いた結果」と納得している。そのうち「過労死」なんて言葉が生まれてくるかもしれない。……事実として、今の日本にそういった企業戦士は少なくもないだろう。

 それでも、怨魔という明確な原因が存在しているにも関わらず、そうした「本当の原因」を知らぬまま悲しみに暮れる遺族のことは、やはり憐れに思う。彼らの死の真相は、往々にして闇の中。ただ現場に居合わせた浄忍のみが、それを知る。


 俺は、今日の行先を黒板に書き残して、外回りの営業に向かった。


* * *


 ――やはり、か。

 焼香を済ませ、故人の棺を見る。綺麗な死に顔だが、見る者が見ればわかる。この遺体は巫術師(ふじゅつし)の手で「処理」が行われている。


 巫術師は、浄忍を補佐する非戦闘向けの術師の総称だ。戦前の「靈異統制局(れいいとうせいきょく)」……今では「怨災(おんさい)対策室」と呼ばれる内閣府直轄の秘密機関も、巫術師の集団だ。

 その下部組織が、怨魔の探知、状況の隠蔽、情報操作、忘却措置など、「戦闘以外」において多岐に渡る補佐を行っている。

 北坂さんの遺体にも、そうした巫術師の能力で「補修」を行った形跡が存在した。……彼を殺したのは、怨魔だ。


「この度は、ご愁傷さまでした」

 俺は、ご遺族に頭を下げた。……夫人は涙を流し、お子さんは状況を飲み込めていない表情をしていた。俺は、ただ彼女たちが気の毒でならない。

 彼の遺族には、明確な仇がいる。にも関わらず「無念にも思えない」のだ。


 浄忍の修行をしていた頃の俺は、正直な所こうした機微を理解できていなかった。……というより、現役の浄忍も、その大半が彼らの無念を理解できてなどいない。

 怨魔は人類にとって不倶戴天の敵であり、その討伐は御家の使命。奴らに殺される一人一人に生活や歴史があると、想像しながら戦いなどできるだろうか。


 だが、俺は、僅かではあるが、北坂さんがどんな人だったかを知っている。彼だけじゃない。取引先の浅川さん、うちの庶務課の若原さん、人事部の松山さんとそのご家族……。

 今あげたのだって、ほんの一例だ。人と話す機会の多い営業職は、訃報に接することも多く、伝聞から察する状況的に、怨魔に襲われ亡くなったのだろうと推測される人は、枚挙に暇がない。


 もし、俺が浄忍になれていたのなら、もしかしたら、彼らは死ななかったかもしれない。彼らを殺した怨魔を討てていたかもしれない。……不甲斐ないとしか言いようがない。

 北坂さんの奥方は、深々と頭を下げる。……よしてくれ。あなたの夫の死に際して、俺は恨まれて当然の人間なんだ。参列に際して、礼など言われる筋合いにないんだ。


 ……だが、それは決して口にすることはない。浄忍とは影の道。情に流され己の正体を明かすことなど、浄忍の成すべきことではない。

 俺の望みは、愛する人にも、浄忍達にも顧みられることの無い、彼らの死の真相を知るただ一人の者として、無念を少しでも晴らし、死んでいくこと。それだけだった。


 通夜振る舞いの料理と献杯した酒に一口だけ口をつけ、俺は会場を後にした。

 あなたの旦那さんの無念は、俺が引き受けます。どうか、(うら)みなど持たず、健やかに生きて下さい――

 ……俺は、神仏にも祈る気持ちで、彼女たちの安寧を願うばかりだった。




「――それで、」




 俺は、暗い夜道を振り返り、気配を消して立つ忍び装束の「あいつ」に声をかけた。


「何の用だ、宮子(みやこ)


 そこに立っていたのは、ともに大戦の戦火を生き延び、研鑽を積んだかつての友。守谷一族の筆頭となった若き浄忍。「御三家」にも比肩する才女。

 俺の幼馴染、「守谷(もりや) 宮子(みやこ)」だった。

 




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