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百鬼の忍 ~戦後を終えた日のもとで~  作者: CarasOhmi
【第三章】東京アンダーモラトリアム
39/45

#11 裸の素兎《しろうさぎ》

剋因遁法(こくいんとんぽう)(あらたか)』――」 


 俺は小太刀を抜き、水面にしぶきをあげながら、大鰐に迫る。

 ヤツは巨大な前足を振り上げる。その裏には、びっしりと歯の並んだ口。腕自体が、捕食部位になってやがるのか。


 ヤツは、腕部の関節をひねりながら、俺を目掛けて打ち下ろした。これに噛み付かれたら……捩じ切られながら、押し潰される。考えたくねぇ末路だ。

 俺は奴の一撃を紙一重でよけた。そして、奴の腕と俺の背中を接触させ、右足を軸にした歯車のように、奴の腕の回転を、自身の回転に転化する。


明松(かがり)創伝(そうでん) 火殺(ほごろし)雄刃張太刀(おはばりのたち)』」

 独楽のように半回転した俺は、同時に右足を屈伸させて飛び上がりながら、奴の前足を幾重にも斬りつける。刀の刃に集中させた熱は、奴の腕の肉を焼き切っていく。


 ――浅い。俺の主要武器である小太刀は、丁種や怨鬼のような小型の敵を想定した武器だ。これじゃあ肉は斬れても骨は断てねぇ。俺は、振り返りざまに放たれた奴の尾の攻撃を両足で受け、反動で後方に飛び退き、きたねぇ水面に着地する。


「……これまで敵の傾向が偏り過ぎてたからな。(へい)種への対策が不足してたか」

 怨魔には等級がある。(こう)(おつ)(へい)(てい)()。全部で五段階だ。基本的には甲種が最も危険とされ、順々に危険度は下がるとされる。


(こう)種」は、もっとも危険とされる、人の形をとり遁法も用いる知性保有種。俺のこれまで相手していた怨鬼どもだ。

(おつ)種」は、超大型。都市に出たら間違いなく大災害になる。基本的に複数人の浄忍で囲んで殺すのが常套手段だ。

(へい)種」は、今俺の前にいるデカブツだ。乙種よりはデカくないが、建造物の破壊が可能で、都市圏への被害懸念が高い。こいつを倒せる浄忍が一人前だ。

(てい)種」は、野生動物程度の雑魚。「()種」は肉体を持たない怨霊。巫術師のお祓いで終わりだ。


 さて、今回の相手の「(へい)種」だが、はっきり言えば頭は悪い。甲種の持つ狡猾さなどはない。……だが、「甲種より弱い」かというと、それはいささか気が早い。

 騙し討ちは出来なかろうと、建造物をぶっ壊せる獣が、雑魚なわけねぇ。ここ最近、甲種討伐に関わることが多かったせいで、巨大怨魔討伐のノウハウは、正直不足していると言わざるを得ない。

 浄忍にとっての通過儀礼……コイツを単独で倒せるかどうか。俺の本来の力量が試されるわけだ。


 ……負けられねぇ。

 俺はもう浄忍じゃねぇ。自分でその道を閉ざしたんだ。だが、コイツを殺せなければ、俺は東京に迫る危機を払いのける実力を証明できない。

 はっきり言っちまえば、明松の熱遁は大型の敵には不向きな遁法だ。武器を使うにしても、熱で焼き切れる大きさはどうしても限られる。


「……だが、何の対策もしてこねぇほど、無鉄砲でもねぇんだよ」

 忍び装束の胸元に手を入れ、俺は鉄球を取り出した。その一端には輪が溶接され、ピアノ線が結びつけられている。……アメリカンクラッカーみてぇだが、一応おもちゃじゃねぇ。

 俺は、ピアノ線を適度な長さで掴み、先端の鉄球を円軌道で振り回す。そして、捻りを加えて叩きつけられる、奴の腕部を回避するとともに、鉄球を投擲。奴の腕を軸にピアノ線をぐるぐると巻き付ける。これは、鋼線を使った簡易的な鎖分銅だ。


明松(かがり)創伝(そうでん) 分銅術(ふんどうじゅつ)火産霊(ほむすび)』――」

 鋼線が赤熱する。俺がそれを勢い良く引くと、奴の腕は鋼線によって締め付けられ、綺麗な平面の切断面で、すっぱりと焼き切られた。


 足を失い支えを失った奴は、下水の飛沫をあげながら、その場に崩れ落ちる。

 ――今だ。狙うは奴の頭部。俺は刀を納刀し、前方に駆け出す。


 奴は、残った腕を振り上げ、それを俺目掛けて横薙ぎに叩きつける。俺は、頭上のマンホールに続く、コンクリートに打ち込まれた金属製の梯子に分銅を絡め、自身の身体を引き上げて回避する。無理な姿勢の攻撃でバランスを崩した大鰐はすぐには身動きはとれない。俺は、ピアノ線から手を離し奴の眼前に着地した。

 奴の鼻先は、既に既に拳の間合いに入った。奴の方も、俺を噛み砕くために顎を開けようとしている。……だが、もう遅い。


 俺は、腰を深く落とした。俺の技術体系は、間違いなく明松の体術に根差している。そうである以上、俺にとって「この技」が最強のものなのは明白。

 ……正直使いたくない技だ。だが、四の五の言っている場合ではない。俺の、最大火力の一撃。それが、奴の顔面に突き立てられる。


明松(かがり)奥伝(おうでん) 正拳(せいけん)火偶鎚(かぐづち)』」


 全身の巫力が、円を描くように拳に集まる。巫力の結んだ熱量は、奴の鼻先から叩き込まれた。その内部を螺旋状にかき回しながら、鼻先から尾に至るまでの体幹を、集約した膨大な熱量で焼き尽くす。

 俺の血因遁法「(こがれ)」では到達できなかった、本家の「(あらたか)」の極意。近距離戦闘における破壊の奥義。体幹をえぐり取られた大鰐の体躯は、肉の焼ける臭いを漂わせながら、無惨に砕け散った。




「…………くっ」

 ――一気に巫力を使い過ぎた。疲労感のような、立ち眩みのような感覚で、片膝をつく。だが、もう大型はぶち殺したところだ。ひとまずの危険は薄い。成果としては上々だろう。


 ――いや、待て。

 なぜ、この大型の肉体は、死んでもまだ(もや)になり霧散しない?

 肉体は微動だにしていない。間違いなく死んでいる。再び起き上がり、俺を襲うことはないはずだ。


 ふと、思い出した。綾夏が、怨魔の死肉を喰らう時、服を着ない理由。

 彼女が口をつけた怨魔は、その肉体の所有権が捕食者たる彼女に移行する。そのため、零れ落ちた血液や体液が、服にしみこんでしまうためだ。

 つまり、この怨魔の死骸が消えない理由。それは……


 大型怨魔の立ち塞がっていたその奥。もぞもぞと動く影。数匹の小さな小鰐の怨魔がいた。……「小さな」と言っても、実物のワニぐらいの大きさだ。全然可愛くない。

 一見すると親子のようなそれらは、デカブツの死骸をむしゃむしゃと貪る。まるで共食い……まさに蠱毒と言った様相だ。奴らが、この死骸を喰っているから、すぐに死骸が消えなかったのか。

 だが、奴らも巨体の全てを食えたわけではない。群がっていた肉体は食いつくされ、千切れ飛んでいった部位は霧散消滅した。奴らの餌は無くなる。そうなると必然――


「俺を……狙うよなぁ……」

 赤黒い体の小鰐どもは、正中線上に縦に並んだ赤い瞳を俺に向ける。俺はと言うと、巫力の回復を待っている状況。ここにいるのは六匹程度か?現状だと殺せて二・三匹と言った所、そこから先はきっと意識が飛んで……残った奴らに食い殺される。……大型に気を取られ、判断を誤ったかもしれない。




 ……だが、何故か。押し寄せる雑魚を、脅威となる大型を、殺した中では満たされなかった、俺の心の器が、渇きが、こいつらに「殺される」と確信を持った途端に、じわじわと満たされていく。

 そうか。綾夏たちと出会って、力を得て、俺は「変わった」と思っていた。理想の俺に「変われた」と思えていた。

 ……けど、それは本質ではなかった。俺は、殺されたかったんだ。惨めな自分が「精一杯頑張った」と自分を納得させて、死ねる場所を、ずっと求めていたんだ。


 ……わかってる。俺がここで死んだら、残された綾夏を誰が守るのか。自分から助けを申し出ておいて、鉾田さん一人に任せて死んじまうのは、どう考えても無責任だろ。広子ちゃんにだってまた怨魔の毒牙が伸びるかもしれない。ずっと守ることはできなくても、彼女がピオニィにいる間ぐらい、戦える大人の俺が、あの子を守るべきだ。

 それに、いくら彼女たちが俺に失望しようと、俺が死んで平然としているわけだってない。きっと……悲しむ。悲しんで「くれる」。

 わかっている。わかっているのに、俺の心は、死に向かってしまう。彼女たちに悲しんでもらえることが、俺の無為な人生への花向けであるとでもいうように。


 ――皆に失望されるのが、こわいんだ。


 俺は、皆が思うような、理想的なヒーローじゃない。そんな俺が偽物だってことは、いずれ皆にばれる日が来る。必死に取り繕った化けの皮がはがされて、大切に思ってた人たちから、失望や軽蔑を向けられるのが、怖くて仕方ないんだ。

 実家の連中どもからどう思われようと構わない。……でも、ピオニィで出会った人たちは、間違いなく、俺にとって大切な人で、だからこそ、俺の本性が露見することが、たまらなく怖いんだ。

 なら、これ以上俺の本質が見られない内に、「無謀ながらに勇敢に戦った結果」だと、そう思いながら死ねたなら、俺は、俺だけは、納得して幕を引ける。そのために、大切な人が悲しんだとしても――


 ……はは、情けない。どこまで言っても、俺は、自分本位だ。

 俺なんかと出会っちまったみんなが、傷つくことになっちまうみんなが、可愛そうだよ、本当に。

 丸裸の俺の心は、なんて醜いんだろう。何のために、生きているんだろう、俺は――


 小鰐どもが俺に迫る。

 俺の肉体は、残らずこいつらの餌になるだろう。遺体もここなら見つからない。死んだ扱いじゃなく「行方不明」なら、あるいはみんなの傷も多少は浅く済むかもな。


 ……こんな奴、誰も助けちゃくれない。愛してなんてくれないさ。ここで、孤独に死んでるのがお似合いだぜ。



 ――――――



* * *


剋因沌法(こくいんとんぽう)(しるべ)』――」


 俺の耳に、馴染み深い声が聞こえる。

 二ヶ月前に出会った、俺を救ってくれた恩人。

 俺に新しい居場所をくれた、たった一人の女性(ひと)の声――


百月(ももつき)奥伝(おうでん) 終焉『反魂崩莱(はんこんほうらい)』」


 俺の前に立つ彼女。その手に触れた二匹の怨魔は、低いうなり声をあげながらその場でのたうち回る。

 彼女は、これに歩み寄り、その頭を勢いよく踏み砕き、霧散させた。


「もう、大丈夫ですよ。朱弘さん――」


 丁種の怨魔である小鰐どもを、尽く叩き伏せた彼女は、給仕服を緑色の返り血で染めながら、死に損なった惨めな自殺志願者に、穏やかな笑顔を向けた。

 




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