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百鬼の忍 ~戦後を終えた日のもとで~  作者: CarasOhmi
【第三章】東京アンダーモラトリアム
35/45

#7 みっつ斬っては愛のため

 倒れ伏せたスーツがもぞもぞと動く。それを見て広子ちゃんはびくりと肩を震わせた。


「……手応えがねぇと思ったが、そういう事かよ」

 切り離した上半身から一匹、腹以下から二匹、三頭身程度のずんぐりむっくりな小鬼が這い出した。

 とがった鼻と耳の切れ目の鬼。犬のように口元が前にせり出した鬼。小太りな中年みたいな鬼。それぞれ腹に「狐」「狗」「狸」の刺青が入っている。

 ……要は三人羽織をやってたわけだ。縦に二つに切るべきだったぜ。


「なに、あれ……」

 目の前でニタニタと笑う、薄気味の悪い化け物を見て、広子ちゃんは怯えている。小鬼はそれを見てご満悦の表情だ。

「……大丈夫、野良犬みたいなもんさ。心配ないから、俺に任せといてくれな」

 俺は広子ちゃんに背を向け、小鬼どもに向き合った。


 ……一時的に彼女を気絶させることも考えたが、万一奴らが俺から広子ちゃんに標的を移した場合、完全に気を失っていたら、その兆候をつかみ損ねる可能性がある。

 ピオニィで「こっくりさん」を傍受してこの場に急いだものの、先行して現着したのは俺だけだ。機動力の低い鉾田さんや、持久力の低い綾夏の到着はもう少し遅れる。

 この状況で広子ちゃんの意識を失わせても、仲間による安全な保護は難しい。……広子ちゃんには酷だが、戦闘中は安全のため、起きててもらう。

 その代わり……この子には、指一本たりとも触れさせはしない。


「なんだァ……?浄忍かと思ったら男かァ……どうせ弱っちいんだろうなァ。硬い肉とか要らねェし『タヌキ』にやるよ」

「俺も要らねェよォ。それより、『アッチ』が、お預けなのがよォ……早く殺して、カワイ子ちゃんを、マワしてあげようぜェ♥」

「オイオイ、男の方はトドメさすなよォ?王子様気取りのバカには、広子ちゃんが目の前で気持ちよくなってるとこ、見せつけてやらなきゃァなァ?」

「ケケ……相変わらず、いい趣味だなァ、『イヌ』は」

「ケケ……『キツネ』は、お楽しみ中に浄忍の奴らが来ねェように、しっかり結界張っとけよォ♥」


 小鬼どもは「けけけ」と気色の悪い笑い声をあげる。……思った以上の下種だ。仮にこいつらが人間だったとしても、下手すりゃ殺してたな。

 幸か不幸か、こいつらは鬼。今回ばかりは、出自や理由なんて聞いて酌量してやる必要はない。生存のための捕食でもない。下らねェ欲で、俺の大事な人間を傷つけた人でなしどもだ。……許せねぇ。

 ……報いを受けさせてやる。惨たらしく、八つ裂きにして、泣き喚かせながら、地獄に送ってやる。俺は、ゆっくりと小太刀を抜いた。


「畜生ども……広子ちゃんに手を出しやがって、今すぐ(ころ)――」

 服に突っ張りを感じた。広子ちゃんが、俺の背広の裾を掴み、潤んだ瞳で心配そうに俺を見上げた。「危ないよ」と、語り掛けるように。

 ……俺なんかを心配してくれてるのか。やさしい子だ。……こんな良い子に、不必要に怖い思いなんてさせるべきじゃないな。


 俺は、精一杯の笑顔を作り、広子ちゃんの頭を力強く撫でた。ほんの少しだけ、彼女の表情から不安が和らぐ。

「……今すぐ、『成敗してやる』よ、悪鬼ども」


* * *


剋因沌法(こくいんとんぽう)(かくし)』――」 

剋因沌法(こくいんとんぽう)(ひらめき)』――」 

剋因沌法(こくいんとんぽう)(つづみ)』――」 


 狐狗狸の巫力が結ばれる。同時に、犬面の怨魔が急加速を始め、俺に跳びかかる。

 目にも止まらぬ小鬼の一閃――


「……熱ッ!?」

 ……だが、奴の爪は、俺の体にまで到達しなかった。俺が背広の下に纏う鎖帷子(くさりかたびら)。赤熱したこれに触れた小鬼は、咄嗟に手を引いた。

 今日は装束を用意してきていないが、念のため下に着用してきたのは正解だった。体に密着して巫力を流しやすいし、奇襲への対処としてはかなり有効だ。


 しかし、この鬼の圧倒的速力。……ターボババァのそれだ。最近は怨鬼も社会性を持って継承でもしてるのか?

「てめェ……」

「……確かに速いが、直線軌道だし読みやすいな。次は首を落としてやる」

「……やってみろよッ!!」

 犬面は再加速した。ただし、俺に向かってではない。真横に向かって。

 奴の動きは直線ではない。徐々に角度をずらし、俺と広子ちゃんを囲むように円運動の軌跡を取る。

 俺は奴を目で追う……追いきれない。……なるほど、俺が目で捉えきれず隙が出来た瞬間に、無防備な首を狙うつもりか。


 俺は、胸の内ポケットから苦無(クナイ)を三本取り出し、奴の軌跡に向かって投擲した。

 ……しかし、手ごたえは無し。かつかつと音を鳴らしながら、参道の石畳に虚しく三本のクナイが突き刺さる。


「ケケッ……遅い遅い!!そんな攻撃、俺に当たるわけないだろ!!俺の方が、お前のクナイより早いんだからよォ!!」

 犬面は周回を続ける。苦無を避けるようにその円周を狭め、ヤツは俺たちに接近して――




 ――俺は左の指に結んだピアノ線を引いた。瞬間、三本のクナイに結ばれてたわんでいた鋼線は、熱を帯びながら、ピンと張り詰める。

 高速で俺の周りを周回していた犬面は、熱された鋼線に突っ込み、顔面、胸、下半身から焼き切られ、四等分されて転がっていった。

 俺は再びピアノ線を引き、繋がった苦無を地面から引き抜き手元に戻した。即興の工作武器だが、案外これからも使えそうだな。

 ターボババァも然り、速さ自慢には追うより待ち伏せが効果的だ。手前の速度で自滅してくれるからな。


「っ!!」

「……まずは、一匹」


 仲間が殺され困惑する狐目の横で、デブ鬼が腹を叩く。奴の周囲に過重怨圧の揺らぎが集中する。

「――――――!!」

 瞬間、空気中を伝わる音の波が、俺の体を震わせた。これは――


「『イヌ』が殺られるとはなァ……まァ、猪武者の末路なんてこんなもんだろうよォ。忍者はもっと狡猾に、ハメ殺さねェとなァ……」

 デブ鬼はニタニタと笑いながら、ゆっくり、ゆっくりと俺に歩み寄る。音波による認識・思考阻害。広子ちゃんも虚ろな目で、意識を朦朧とさせている。


「オイ、『キツネ』。こいつ危ないし、殺していいよな?お楽しみ中に邪魔されちゃかなわん」

 デブ鬼は、狐目の小鬼を振り返って確認を取る。勝利を確信した余裕の振る舞い――


 ――デブ鬼が俺から目を離した瞬間、俺は一足に間合いを詰め、小太刀でその首を刎ねた。残った胴体を、俺は赤熱した蹴りで焼き飛ばし、首はその場に落下した。


「な……なんで……?」

「……ありきたりな対策だが、『耳栓』だよ。お前の術は予習済みだからな」


 俺たちがピオニィで「こっくりさん」の傍受を行った時、思考に干渉する音波が存在した。鹿島戦の経験もあり、俺たちは即座に耳を塞ぎ、事なきを得た。

 つまるところ、この儀式においては「標的」以外を音波を使った思考阻害で遠ざけ、選別する仕組みを取っていた。よく考えれば、この儀式の実行者は声で質問している。それを聞き取るためにも、音に関する能力を持つ者が居る可能性はかなり高い。

 到着以後、広子ちゃんや奴らの声は、わずかに漏れ聞こえた音と読唇術で把握していた。最初から、コイツの術は俺に通らない状況だったわけだ。


「……じゃあな、『タヌキ』」

 俺は、赤熱した足でデブ鬼の生首を踏み潰した。黒焦げで四散した奴の首は、黒い靄になり消えた。


「最後は、てめェだ」

 距離の開いた狐目は、焦燥に満ちた眼つきで俺を見る。おそらくこいつの遁法は遮蔽結界。対象を閉じ込めたり、周囲から不可視にするものだ。

 だが、俺のように浄忍級の巫力を持った者は、その干渉を破って侵入できる。防御などに使える手合いの物ではない。だが……


狐成(こなり)奧伝(おうでん) 『(かすみ)隠れ』――っ!!」

 瞬間、周囲を取り巻く過重怨圧の壁は消滅し、奴の周囲を過重怨圧の揺らぎが取り巻く。そして、揺らぎが晴れると同時に、ヤツは忽然と姿を消した。

 自身の身体を不可視にする遁法。ここから発生するのは、俺への攻撃か、広子ちゃんの拉致か。……いや、残すは奴一匹だけ。そんな危険を自ら犯すとは思えない。

 ……つまりは、逃げの一手だ。だが、広子ちゃんの安全のためにも、俺はここを離れるわけにはいかない。ヤツは彼女を俺の枷にしてに、まんまと逃げおおせるつもりだ。


「ぐ……ぎゃああぁぁぁぁっっっ!!」

 神社の拝殿の影から、狐目のうめき声が聞こえた。状況の変化を察した俺は、広子ちゃんに一瞬視線を送り、声の方向に走り出した。

 そこには遮蔽結界を引きはがされた狐目の鬼と、カフェの給仕服を着た黒髪の女性。その瞳は赤く発光し、虹彩を虹色に輝かせていた。


百月(ももつき)奥伝(おうでん) 終焉『反魂崩莱(はんこんほうらい)』」


 ――反魂崩莱(はんこんほうらい)。全ての巫力の崩壊。沌法の効果を完全に抹消する、無法の力。

 綾夏だ。狐目の鬼は、頭を捕まれ、遮蔽を引きはがされ、ただじたばたとしていた。俺が目配せをすると同時に、彼女は鬼の身体を俺に向かって放り投げた。


「あばよ、こっくりさん。黄泉の門へ『お帰りください』だ」

 小太刀の一閃。宙を舞う奴の身体は、縦二つに切り裂かれた。





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