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百鬼の忍 ~戦後を終えた日のもとで~  作者: CarasOhmi
【第三章】東京アンダーモラトリアム
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#6 神隠し

 無人の神社。初詣の時期も終わったそこは、人の気配はまるで感じられず、葉の落ちた木々の隙間から、夕日も沈み暗くなり始めた空がのぞく。

 参道の脇には火の消えた(かがり)火の台座が残っていた。……まさか「かがり」の居場所って、そういう事?


 私はため息をついた。……まあ、迷信なんてそんなものだよね。期待した私がばかだったんだ。

 路面電車に乗ってきたけど、運賃無駄しただけだったなぁ……。帰ろっと。

 私は、拝殿の前で、元来た参道を振り返った。



「やあ、広子ちゃん」



 私の目の前に、スーツの男性が立っていた。


 ……嘘っ、本当に!?

 明松さんがここにいる。どうしよう。何を話すかなんて、何も決めてないよ。

 でも……嬉しい。勉強やお仕事頑張ってることとか、話したら褒めてもらえるかな。


 綾さんがいない今なら、二人の関係を聞くこともできるかも。

 少し怖いけど、やっぱり知りたい。……そうだ。こっくりさんは「恋人じゃない」って言ってた。

 きっと、まだまだ、希望はある。明松さんに、もっと私のことを見てもらえるかもしれない。

 

 私は、彼のもとに、小走りで近づいた。




 ――違う。


 数歩近づいて、すぐ分かった。この人は、明松さんじゃない。身長が高すぎる。

 浮かれていて気付かなかったけど、よく考えれば私に語り掛けた声も、彼の物より低く、野太かった気がする。


 じゃあ……いったい誰なの?この人。なんで、私の名前を知ってるの?

 途端に、愛しく感じた目の前の人影が、とても気味の悪い、得体のしれない存在に変わった。



剋因沌法(こくいんとんぽう)(かくし)』――」 



 神社を取り囲む木々の隙間から覗く空が、陽炎のようにぐにゃりと歪む。

 市街地の小さな山の頂上。風通しのいい屋外なのに、まるで狭い密室に閉じ込められたかのような閉塞感。

 私の呼吸が荒くなる。動揺と、恐怖。


「ケケッ、真っ青になっちゃって……カワイイねェ、広子ちゃんはァ♥」

「オレは、もっと育った女が良かったなァ……ガキは食い応えないじゃァないか」

「おいおい、喰うことだけが楽しみじゃァ無いだろう?……それなら若い方が楽しめるってモンよォ♥」


 虚ろな目で私を見つめる男は、その場で「一人で」会話をしていた。

 駄目だ。この場にいたらいけない。一刻も早く逃げなくちゃ。私は、男を避けるように脇を走り抜け、神社の出口に向かう。

 もと来た道へ……鳥居をくぐって――




 ――鳥居から出られない。

 鳥居と木々に囲まれた空間に現れた「歪み」は、ぐにゅりと私の手を押しのけ、私の身体を外に出そうとしない。

 理屈は全くわからない。ただ、「閉じ込められた」ということだけが、はっきりした。


 口元を歪めながら、男は私に近づく。私は、どうしたらいいかわからず、這いずるように逃げ回った。

 男は、ニタニタと笑いながら、執拗に、ゆっくりと、私を追いかけて来る。

 逃げ場はない。隠れる場所もない。私の呼吸が浅く、荒くなっていく。

 どうすれば、ここから逃げられるの?……わからない。何も――


 やがて、私は追い付かれ、腕を捕まれ、バランスを崩してその場に倒れた。


「捕まえたァ♥鬼ごっこが好きなんて、案外まだ子供なんだねェ♥」

「じゃァ、誰が最初にする?お前の後とか、萎えるから嫌だぜェ?」

「……ケケッ。どうせ、最後は腹の中だ。細けぇこと気にせず、楽しもうぜ♥」


 ――確信。

 私は、これから、辱められ、殺される。


 戦後すぐと比べて、現代では治安は落ち着いてきた。それでも、児童の行方不明事件はまだ多発している。表面化しない拉致や暴行……殺人は、なくなってはいない。

 大人の目は、完全に行き届いているわけじゃない。ましてや、こんな超常現象が関わっているなんて、誰が思うだろう。

 きっと、私は「神隠し」にあった扱いになるんだろう。迷信と甘く見て、いかがわしい(まじな)いに手を出した、無防備な子供の末路。


 男は、下卑た表情で私の身体を引き寄せる。そして、私のブラウスの中央を掴み、勢いよく引きはがした。ボタンが勢いよく外され、私の下着が露わになる。

 ただ、ただ、恐ろしい。

 大きな、男の、身体が、私に、迫る。


 ――やだ。怖い。助けて。

 お父さん。お母さん。店長。綾さん。


 ――――明松さん。


* * *


剋因遁法(こくいんとんぽう)(あらたか)』――」 


 聞き覚えのある声。男が振り向いた瞬間、その半身は胸を境に二つに裂けた。上半身が横に落ちると同時に、後ろの人影に蹴られ、下半身は右に倒れ込む。男の背広の切断面は黒く焦げ、煙が上っていた。

 その人影は、コートを脱ぎ、右手に抱える。紺色のネクタイをした背広の彼は、ゆっくりと口を開く。


「怖かったな広子ちゃん。もう大丈夫だ」


 ――聞き覚えのある、大人の男性の声。中性的な顔立ちに、七三わけで赤みがかった黒い髪。

 背広姿の彼は、短い日本刀を小脇に抱え、私の前で片膝をついた。ピオニィで怖い大人に怒鳴られて、震えていた私を助けてくれた、私の、憧れの人――


「明松さん……?」

 彼は、微かに煙草の香りの沁み込んだ、長い灰色のトレンチコートを、私に羽織らせた。





最後まで読んでいただけた方は、下にスクロールして☆を入れて頂けますと幸いです。


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