#5 狐狗狸の誘い
「……葉子ぉ、万美ぃ、本当にやるつもりなの?」
夕日の差し込む教室。学校の私の木の机の上に、五十音と鳥居、「はい」「いいえ」などが書かれた紙が置かれている。
「もう広子ってば、今さら怖気づいたの?」
「べ、別にそう言うわけじゃないけどさぁ……」
二人は、椅子を持ち寄って、私の席の横につけている。
「ほら、もしかすると、明松さんのこと、何かわかるかもなんだしさぁ……」
「う、うん……」
葉子に唆され、私の脳裏に明松さんと綾さんの姿が浮かぶ。
……私は、綾さんのことも嫌いなわけじゃない。ピオニィで働き始めた頃、仕事についても優しく親切に教えてもらったし、今でも頼りにしている。
でも、明松さんと仲良くしてるのを見ると、どうしてもモヤモヤしてしまう。二人は……本当に恋人じゃないのかな。恋人じゃないだけで、二人とも好きあってたりするのかな。
……私は二人のお邪魔虫なのかな。つい、そんな事ばっかり考えてしまう。
こっくりさんなんて、根拠のない迷信だ。そんなことはわかってる。
でも、私は、今感じてるこのモヤモヤに、答えを与えてくれる「何か」が、ずっと欲しいと、そう思っていた。
……信じてるわけじゃない。でも、ちょっと、ほんの少しだけ、迷信に頼ってみるのも、いいんじゃないかな。
私は、二人と一緒に十円玉に指を置いた。
――こっくりさん、こっくりさん、おいでください
* * *
俺は、カバンから一枚の紙と十円玉を取り出した。
「なんですか、それ?五十音表?」
「『こっくりさん』だな。昨日、適当な紙を見繕って作ってきた」
「……信じてるんですか?女子高生の話してた、占いですよ?」
綾夏と鉾田さんは呆れた顔で俺を見ている。……別に占いには興味ねぇよ。
「少しばかり気がかりなことがあってな。……広子ちゃん達にも関わることなので、鉾田さんにもご協力いただけますか?」
「……真面目な話かい?」
「ええ」
俺が広子ちゃんの名前を出したことで、鉾田さんと綾夏の表情にも緊張感が生まれた。
「この十円玉を鳥居において、三人で指を置くと、自然に動き出して文章を指し示す……ってのが、この儀式の概要らしいんですが」
二人がテーブル席に歩み寄る。俺は十円玉を紙に書かれた鳥居に置いた。
「……本来は浄忍の機密で、部外者に漏らすべきじゃないんですが、怨災対策室の前身……靈異統制局時代の巫術師の連絡手段として、これに近い儀式があったんです」
――雛罌粟靈信。
巫力の遠隔伝播による物体移動を使った文字情報の伝達。
コインと文字の書かれた紙を使った儀式であり、「門」に見立てた図を初期配置とし、同条件の術師に対し、硬貨の相対的な移動量を同期する。戦前の靈異統制局が、巫術の軍事利用の検討を求められた際に、実験的に開発された通信手段だ。
開発初期段階で、西楚の覇王の詠んだ「垓下の歌」の一節である「虞や虞や汝を如何せん」を例文として使ったことから、「虞美人草」にちなみそう名付けられた。
とはいえ、巫術についても才覚がある者は限られている。浄忍ほど厳密に「血因」が求められるわけではなく、市井にも素養を持った者が多くいるが、だからこそ人材確保が難しいといった一面もある。
結局、個の才覚に依存しない無線の電信を用いることが一般化し、巫術的な通信方法は実験に終始し一般化はしなかった。それでも、傍受難度の高さと有効距離の広さ、材料の調達の容易さから、今でも浄忍や巫術師の間では、都市間の高速通信に利用されることがある。
……もっとも、雛罌粟靈信の対応表は、こんなわかりやすい五十音ではない。無作為に文字を並べたものを作るのが前提で、加えて伝える情報も乱数表と照らし合わせ暗号化するなど、傍受対策の手筈が存在する。
これはもっと単純化されたものだ。巫術師や浄忍家系の子供の訓練の手遊びなどで使うものに近い。浄忍のガキから漏洩した可能性はなくもないが、そのあたりはどの家庭でも「絶対やめろ」と、きつく言い聞かされているはずだ。
「そうなると、この儀式を世間に広めたのは、巫術師でも、浄忍でもない。おそらく……」
「――っ!!」
「まさか……怨鬼、なのか?」
俺は無言でうなずく。あくまで仮定の段階だが、その可能性は低くないだろう。
巫術師は、浄忍ほどの戦闘力は持たない。しかしながら、その身体には強い巫力が宿っている。つまり、怨魔にとっては「弱くて栄養価の高い餌」なのだ。
……だが、怨対所属の巫術師に手を出すのは、浄忍衆を敵に回すことに近い。そこで、この噂をばら撒いて「巫術師の素養を持つ一般人」を見極めるつもりではないか。
奴らは、東京にばらまいたこの噂話で、「無力で栄養価のある子供」を拐かそうとしている。それが、俺の仮説だ。
「広子ちゃんたちに直接の被害が及ぶとは限りません。けれど、興味本位の被害者を出さないためにも、災いの根は早めに断っておくべきでしょう」
「……そう、ですね」
綾夏も、真面目な面持ちで頷いた。
「なるほど、浄忍級の巫力を持つ我々なら、確実に文面を読み取れるし、『発信源』の方角の目途もつくかもしれんな」
「……ええ、取り越し苦労ならば、俺たちが恥をかくだけですが……それでも、彼女たちに危険が及ぶよりは良いでしょう」
「うむ。そうと決まれば、さっそく始めようか」
二人は、コックリさんの表を囲むように椅子に座り、十円玉に指を重ねた。
――こっくりさん、こっくりさん、おいでください
* * *
――学校を出た私は現在、石の階段を上っている。
こっくりさんにはいくつか質問をした。「明松さんには恋人はいるのか」「綾さんとは両思いなのか」「私を女性として見ているのか」など。
それらは、私にとって都合のいい答えだった。思うに、葉子や真美がコインを指で動かし、私をからかっていたんじゃないかと思う。……それでも、私はその結果に少し安心してしまっていた。
明松さんは立派な大人だ。私みたいな子供に興味を持つなんて、期待していない。
それでも、もしかしたら、私に振り向いてくれるかもしれないという期待。猶予期間が出来たことが、私の不安を一時的に忘れさせてくれた。
それで、なんで私は階段を上っているのか。
最後の質問は「今、明松さんはどこにいるの?」だ。私は、二人にからかわれた仕返しとして、私は二人にはわかるはずのない質問を投げかけた。
――けれど、その後コインは思わぬ動きをした。
「か」「わ」「さ」「と」「じ」「ん」「じ」「や」
――「川郷神社」?
学校から数駅先の繁華街のはずれにある、坂の上の神社だ。こんなところに明松さんがいる?いくらなんでも嘘くさい。
でも、二人のいたずらと言うにはあまりに脈絡がない。なんで?もしかして、二人で神社に何かいたずらを仕込んでる?……そんな手の込んだ悪戯をするほど、性格が悪いとも思えないな。
最後の質問を終えた私たちは「所詮は迷信だよね」と解散した。二人も、なぜか今日は深入りしてこなかった。不思議だ。
でも、私の関心はもうそこになかった。川郷神社に明松さんがいる。綾さんのいない所で、二人で会える。
迷信かいたずらか……それとも、本当に占いの導きが存在するのか。私は、居てもたってもいられなかった。
私は、川郷神社に向かった。そして、今、石段を登り切り、鳥居をくぐった――
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