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百鬼の忍 ~戦後を終えた日のもとで~  作者: CarasOhmi
【第三章】東京アンダーモラトリアム
29/45

#1 あなたの蕎麦に

「大晦日の予定ですか?」


 今や「拠点」となったピオニィで、腰を据えて外回りの径路を決めていた俺に、鉾田さんが声をかけてきた。

「ああ、年末年始はうちは休業だがね。よかったら店で年越しそばでも食べないかい?もちろん、綾夏ちゃんも呼んでね」

「……それはまた、どうしてですか?」

 俺の質問に、店長は苦笑いをしながら答えた。

「ちょうど私たちが知り合った時分だったかな?新しく商店街に越してきた方が、あいさつ回りをしてね。高い引っ越しそばを頂いたんだよ」

 店長はカウンターの中にある「ご挨拶」と書かれた小箱を見る。

「一人で食べるには量も多いしね。年末となれば、年越しは蕎麦を食べるにもいい機会と思ったんだよ」

「ははぁ、なるほど……」

「それに、情けない話ではあるけれど、私はこの年齢まで所帯を持てなかったし、多分これからも持たないと思う。そうなると、年の瀬も寂しくてね」

「………………」


 店長からは言外の気遣いが感じ取れた。

 今の俺は、綾夏や鉾田さんに脅威が及ぶことの無いよう、浄忍とは必要以上に連絡を取らないようにしている。それは実家も含めてだ。年末年始だからと実家に帰るつもりもない。

 彼自身がいうように、本人が寂しい気持ちも嘘ではないのだろうが、帰る家を持たない俺に対して、身寄りを持たない綾夏に対して、思うところも多いのだろう。

 また、かつて帰る家を提供してくれた百月に感じた恩を、何かしらの形で俺たちに返そうと、そう考えているのかもしれない。


 ……俺は、実家にはロクな思い出が無い。俺は、就職後も「役目」のため、たびたび実家に呼び出された。それは必ずしも浄忍の人材確保だけを目的とはしない。他家への接待として、これからの関係を優位に進めたり、より優秀な遺伝子を自家に引き込むための「交渉材料」として利用されてきた。

 そういった点で、精子の冷凍保存の技術が確立したのは俺にとって救いだった。浄忍の男に強要される「役目」の正当性が無くなったのだから。以降は定期的に採取したものを、浄忍に所縁のある医療機関に預けている。それについては自由にしろと、そして今後は俺に干渉するなと、そう実家に伝えてある。


 明松(かがり)だけではないが、浄忍家系は往々にして腐敗している。「使命」という耳あたりのいい偽善の皮を被り、享楽に染まる者は少なくない。「日本を影で護る者として、このぐらいの役得は当然」とでも思っているんだろう。そういう驕りが透けて見える年寄りは、俺の大嫌いな連中だ。

 そうした因習に振り回されたガキは、いずれ当人もその価値観に染まっていく。染まらなければ正気でいられない。腐敗と悲劇の再生産だ。戦後、近代的な人道国家としての歩みを始めた戦後日本とは裏腹に、浄忍の世界には男女平等も児童福祉もあったもんじゃない。

 ……だが、それでも都市防衛に浄忍は必要な存在だ。だからこそ、やつらは血筋と超常の力に拘泥し、選民意識に傾倒する。……そんな優生思想がまかり通っちまうんだから、本当に現代と相性が悪い一族である。浄忍の祖である原初の(かんなぎ)も、子孫の惨状を見れば「血因」なんてクソみたいな契約結んだこと、悔やみきれないだろうよ。


 俺は店長を見る。彼は、俺のことも綾夏のことも、決して「利用」するつもりはない。彼は良心の人だ。俺も彼のこうした一面は心から尊敬している。

「……わかりました。では、お言葉に甘えさせて頂きます」

「じゃあ、当日は張り紙をするけど、夕方ごろから開けておくから自由に入っておいで」

「ありがとうございます、鉾田さん」

 彼の気遣いは、決して不快ではない。むしろ、家族の繋がりにロクな思い出の無い俺にとって、「温かさを感じる人の繋がり」は、実家から得られなかったものとして、素直に嬉しい限りだ。


 ……けど、育ちのせいもあり、俺は「その手の意図」に過敏だ。悪意はなくとも、どうしても露骨に感じてしまう。彼の「もうひとつの思惑」を。

 俺は、湯気の上るコーヒーを流し込み、今日の外回り先の住所の確認を再開した。


* * *


 公共放送の総合チャンネルでは、紅組と白組とに別れて、ヒット曲の歌比べをしている。俺と店長は客の席でそれを眺めていた。


「……白黒じゃあ、どっちがどの色かわからないよねぇ」

「最近はカラー放送も始まってますよ?」

「うーん……カラーは放送料も少し高いんだよねぇ……」

「五輪の頃には需要も高まっていくでしょうし、きっと店の集客にもつながると思いますよ。家だと白黒テレビしか持ってない家庭が多数派なわけですし」

「ふむ……」


 カラン、カランとドアチャイムの音が鳴る。綾夏がやってきたようだ。


「大晦日までセールストークですか?企業戦士ですねぇ」

「む……すっかり乗せられていたようだね。油断も隙もないなぁ。明松くん」

「はは……、他の営業先でもこれぐらい自然に営業ができればいいんですけどね……」

 ……営業は信用だ。客に大損をさせたら次に繋がらない。短期的な利益より取引先との誠実なやり取りが、ゆくゆくは大きな利益に繋がる。……そう思って働くことにしている。

 こういった軽口が許されるのは、俺が彼の人柄を信用し、俺も信用を得たということだ。それを裏切ることはしないし、この店にも長く続いて欲しいと思う。サボりにも使わせてもらっているしな。


「じゃあ、そろそろそばを茹でてこよう。二人とも、温かいのでいいかな?」

「あ……はい。温かいかけでお願いします」

「私も、温かい方で」

 店長は、キッチンに赴き鍋に水を入れ始める。テレビの前の客席には、俺と綾夏が残された。


「今年は、明松さんもお呼ばれしたんですね」

「ああ、『近所の店から引っ越しそばを貰ったから』ってさ」

「……?そんな話、私聞いてませんけど……?」

「あー、やっぱりそうなのか……」

「……あっ」


 綾夏は状況を察して、苦笑いを浮かべた。俺も多分同じような表情を浮かべているのだろう。


「……私の方は恒例行事ですね。これまでも毎年店でお蕎麦を頂いてましたよ」

「そうか。『家族水入らず』の場に、部外者はお邪魔だったかな?」

「ふふ、信頼されてるんですよ」

「営業時間外にセールストークするような、悪い男をね」


 つまり、まあ、なんだ。ジュークの設置の時にも言っていたことだが、店長の思惑とは、俺と綾夏を――


「まったく、変にお節介焼いて……『違う』って言ってるんですけどねぇ」

 綾夏は、店長に聞こえないよう小声で俺に問いかけた。

「まあ……純粋に心配なんだろうな。出会って二月もしない男を、そんなに信頼するのもどうかと思うがね……」

「……ご迷惑じゃありません?」

 彼女は、少し申し訳なさそうな顔をする。……別に綾夏が悪いことしたわけでもあるまいに。

「別に迷惑とは思ってないよ。……気まずくはあるけどな」

「うーん……私も所帯持たないと、店長には心配かけ通しになるんでしょうか」

「……どうだろうな。最近は女性の社会進出ってのは活発だしなぁ。広子ちゃんだって、短大出たら働くんだろうし」

「私は、今のままでも十分に幸せなんですけどね。この店のお世話になり続けていいのかは、考えなきゃですかね……」

「……まあ、綾夏の望むように生きればいいとしか、部外者の俺に言えることはないな」


 テレビから流れて来る歌比べは、男女で紅白の組み分けがされている。芸能なんかは男女ともに働き手の需要があるし、一般社会とはわけも違うのだろう。

 俺のなじみの深い浄忍家系なんかは、一般社会とは真逆の極端な家母長制だ。最年長の本家の老婆が婚姻出産に至るすべてを取り仕切っている。自分の所属する社会だけを常識としていると、てんで見当違いなことを言って恥をかくかもしれない。

 実家では「家の雑用なんて役立たずで図体のデカい男どもに任せとけばいい」と言われて育った俺からすれば、上京して女性が会社でお茶汲みや灰皿掃除をしてるのを見た時は「どうなってるんだ…?」と変な汗をかいたものだ。「世間一般」の線引きなんて往々にしてあてにならない。いつかは、昭和の現代常識も、ひっくり返って非常識扱いされる時が来るのかもしれない。


 ……しかし、改めて考えてみると、本当に俺が彼女にしてやれることは少ないんだなと思う。夜の街で怨魔を狩り、その肉を彼女に分け与える。こんなことをいつまでも続ける気なのか?

 技術とは日進月歩だ。それは科学技術だけではなく、浄忍の世界にも言える。そのうち、浄忍の探査網は東京中に張り巡らされる可能性もある。そうなった時、怨魔の肉が生きる上で必要となる彼女は、この街で生きていくことは出来るのか?

 俺にとっての彼女は恩人だ。死ぬまでその恩を返すことも、決して苦には思わない。……だが、俺たちに確たる繋がりは何もない。年長者であり保護者でもある店長にとって、彼女への心配は無理からぬ話だ。

 綾夏は、ぼんやりとテレビの歌比べを眺めている。平和を具現化したようなこの光景も、いつ失われるかわからない儚い物かもしれないと思うと、言いようのない不安は芽生えるものだ。


 俺は、綾夏と初めて会った日のことを思い出した。彼女は、高架下で怨魔を食っていた。そして、その場から逃げることもせず、観念し俺に首を差し出した。

 思えば、なぜ彼女は逃げることをしなかったのか。なぜすぐに命を諦めたのか。敵対関係ではなくなった今、あの時に感じた疑問が、ふつふつと蘇ってくる。

 ――その問いは、「この日常」が、家族からも得られなかった「繋がり」が、壊れてしまうことを恐れる、俺の感情の発露だった。


「なあ、綾夏――」

「お待ちどう様。蕎麦が茹で上がったよ」

 俺が彼女に問いかけようとしたのと、鉾田さんが盆にのせた蕎麦を持ってくるのは同時だった。

 ……まあ、年明けを待つハレの日に、わざわざ蒸し返すような事でもないだろう。焦って聞くことでもあるまい。


 俺は、目下の疑問を棚上げにし、年末にも滅多に喰うことの無かった、大きな海老天とかまぼこの載った年越し蕎麦に舌鼓を打つことにした。





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