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プロローグ ブレイクタイム

「へえ……広子ちゃん、短大受けるのか」

 俺はカップを手に取りながら、彼女の話を聞いていた。


 広子ちゃんはピオニィで短期アルバイトをする、高校生の女の子。

 鳴嶋の爺さんに絡まれているのを助けて以来、恩を感じてか、度々俺に話しかけてくるようになった。

 俺としては、彼の死に少し後ろ暗い所もあるので、始めは気まずい気持ちもあったが、真っすぐで明るいこの子は、営業で街を奔走する俺にとって、心の癒しにもなっていた。


「俺は中学までしか行かなかったからなぁ……。賢いんだな、広子ちゃんは」

「えへへ……ありがとうございます」

 ……思えば、俺の実家にいた頃の記憶にロクなものはない。御家の「役目」で、この子にはロクに話せないようなことばかりやっていたし、やらされた。……因習にまみれた、ロクでもない家だ。

 親兄弟といった関係にも、怨嗟や近親憎悪は募り、今では正直顔も見たくないと思ってる。なので、純粋に両親に愛される彼女を見ると、護るべき善良な市民として慈しむ気持ちの裏で、ささやかな羨望を感じる。

 だが、逆に言えば親兄弟の情に薄い浄忍家系で育った俺にとって、兄のように信頼を寄せててくれる子がいるのは、正直悪くない気持ちでもある。これからも、健やかに育って欲しいと、そう願うばかりだ。


「……受験、がんばれよ」

「はいっ!!」


 広子ちゃんは、お盆を持ってカウンターへと戻っていった。

 学校か……もう通うことはないが、教養として高校課程の勉強ぐらいしておくべきかもな。広子ちゃんに馬鹿な大人と思われるのは、いささかつらい。


「ふふ、相変わらずもててますねぇ」

「……おやおや、今度は噂好きの下世話なお姉さんか。色男はつらいぜ」

 こちらに歩いてきた綾夏を見て、俺はふざけた返事を返す。


「広子ちゃん、鳴嶋さんの一件で気持ちの整理がつかなかったみたいでしたけど、朱弘さんに励まされて、だいぶん前向きになったんですよ」

「……俺が蒔いた種ではあるしな。あの日、鳴嶋のじいさんを警察に突き出してれば、誰も死ななかった……って後悔はあるよ」

 俺は、カップに口をつけた。珈琲のコクとともに、口いっぱいに苦味が広がる。


「……神さまじゃないんだから、先のことなんてわかりませんよ。確かなのは、あなたの行動が、広子ちゃんを助けて、鹿嶋さんの迷いを晴らした。それだけです」

 そう、……か。まあ、確かに俺という人間のちっぽけさは常々感じさせられている。あまりひとりで気負い過ぎても、仕方ないのかもな。

 自分に出来ることをやって、助けられる人を助ける。身の丈に合った生き方を続けていくことが、堅実に生きるってことなのかもしれない。


「……ありがとな、綾夏」

「もう、なんで私にお礼を言う必要なんてあるんですか」

「……さて、な。言いたくなっただけだよ。感謝を受け取るのは苦手なもんでね、ちょっとばかりお裾分けだ」

「ふふ……、変なの」

 珈琲から立ち上る白い湯気の向こう。綾夏はいつものように、呆れたような微笑みを、俺に向けていた。


* * *


「店長ぅ~~……」

「おう、どうしたね広子ちゃん」

明松(かがり)さん、また(あや)さんと仲良くしてるんですよ~……」

「ああー、ちょっと、良くないかなぁ。……まあ、お客さんの少ない時間帯だし、多少は大目に見てやって欲しいな」

「……あのふたり、本当に、恋人とかじゃないんですか?いつも、親し気に話してるじゃないですかぁ……」

「本人たちは違うって言ってるね。なんというかな、兄妹みたいなものというか、戦友というか……。まぁ、大人の世界は色々複雑なんだよ」

「むむ……店長まで、子供扱いしないでください~……」

「はは、ごめんごめん。……あ、お客さん入る前に、向こうのテーブル拭いといてね」

「は~い……」



「……まあ、先のことなんて、誰にもわからないものさ」





 ――――【第三章:東京アンダーモラトリアム】――――





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