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百鬼の忍 ~戦後を終えた日のもとで~  作者: CarasOhmi
【第二章】憂国精鬼のラプソディ
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#7 てけてけ

 奴が、銃剣を逆手に構えると同時に伝わって来る威圧感。こいつ……先の口裂け女より、ターボババァより、遥かに強ぇ。


 生来の怨鬼の膂力に任せて暴れるだけじゃない……体系だった格闘技術を修めて、それを自身のものにしている。

 忍術とはまた違う……軍隊格闘か?戦場において、敵を……人間を殺傷することを前提に修めた、無駄のない身のこなしが、その立ち振る舞いから感じられる。


「さぞ、真面目に鍛えたんだろうな。……怨鬼(おに)にしては、御立派なことで」

 ……奴は、何も言葉を返さない。獲物を前にした狩人の眼つき。先程まで薬物で判断力を失っていたとは思えないほどに落ち付いて、静かに、俺ににじり寄る。

 ヤツの銃剣が空を切る。俺は、小太刀でそれを受け止め――



 ――駄目だ。これを受けてはならない。俺の直感が、全身に警戒を走らせた。

 俺は、後方に飛び退き、懐から取り出した苦無(クナイ)を三本、ヤツの右肩、腹、左脚めがけて投擲する。


 ……苦無は、すぐさま斬り落とされた。バターにナイフを入れるように、金属同士の接触音を一切鳴らすことなく、ぬるりと刃が入り、銃剣の流れに沿うように、その場で力を失って落下する。

 落下したクナイは、舗装された道路に弾かれ、金属音を上げる。決して、苦無が柔らかくなったわけではない。これは、ヤツの銃剣の「切れ味」だ。

 続けざまに放たれるヤツの斬撃を回避しながら、俺は宙返りをしながら苦無を投げる。ヤツが苦無を処理する間に、俺は後方に大きく距離を取る。


 ――この異様な切れ味の斬撃、こいつの沌法か?

 着地した俺は、ヤツの手元を注視する。……極めて細かくだが、奴の刃は、前後に振動していた。

 その反り返った鍔は、常人の耳には聞こえないであろう音域で、わずかに、てけ……てけ……、と音を鳴らしている。


 振動……そう、振動だ。おそらくだが、奴の沌法は「刀身の高速振動」。常人に視認不能なほどの細かい高速振動が、奴の銃剣の切れ味を増大させている。

 当たれば一撃必殺……刃物全般に言えることではあるが、ここに「刀や防具で受けられない」という要素も加わるわけだ。


 じゃあ、刃に触れる前に、俺の熱遁で刀身を溶かしてしまえば……いや、ヤツの剣閃は俺の遁法の熱伝達より早い。熱が完全に伝わり切るより前に、俺の身体が真っ二つだ。

 ならば――


 俺は、左脚で脇の地面を蹴り、側溝に置かれた鉄板を宙に浮かせ、手に取った。そして、これを奴に投げつける。

 奴は銃剣を構えた。ヤツの沌法なら、こんな板はいともたやすく両断……いや、細切れに出来る。


明松(かがり)流 掌底『噴勁(ふんけい)』」

 俺は、投げた鉄板に追い着き、赤熱した掌を鉄板に当てる。瞬間、鉄板は赤く溶解し、熱でどろどろになった液体金属の飛沫が奴に降り注ぐ。

 奴は銃剣でそれらを斬り、払い落す。ここだ。俺は奴に背を向けるようにしゃがみ、そのまま赤熱した左足を使った下段回し蹴りで、ヤツの足元を狙う。

 ――当たった。そう思った。


鹿嶋(かしま)流 刃受け『寂壁(せきへき)』」

 奴の足には、一切の変化がない。熱も衝撃も、ヤツの肉体に伝播していない。

 これは、空気の振動――共鳴で、物理的な干渉を妨げる障壁を作っているのか!?


 俺の身体の硬直に合わせ、ヤツの銃剣が振り下ろされる。俺はそれを横に転がり回避した。

 逆手の銃剣は執拗に俺の首を狙って突き下ろされるが、俺は体を転がし続けることで回避しつつ、上半身のばねと腕の力で飛びあがり、再びヤツと距離を取った。


「攻防一体の『振動』か……。完全に、沌法と体術が、噛み合ってやがる……」

 流石に本職ってことか。忍者とはまた違う、合理化された戦闘体系がそこにあった。……俺は、冷や汗を拭う。

 戦時中の帝国臣民の血税は、こんな強力なバケモノを育て上げるのにも一役買ってたってわけだ。まったく、戦後平和主義万歳だ。


「それが、今じゃ戦友殺しか。『堕ちた』というべきか、『世間を欺いてきた』というべきか……」

「………………」

「……あの男は、不快で迷惑な爺さんだった。けどな、それでも俺は、化け物に食い殺されるほどの事だったとは思わねェんだよ」

 俺の言葉が届いているのか、いないのか。奴は再び銃剣を構えた。


 てけ……てけ……てけ……てけ……


 静かに振動音を鳴らしながら、奴は俺に銃剣で斬りかかってきた。

 有効打のない俺は、小太刀を納刀し、とにかく回避に集中する。同時に、俺は奴の情報を整理し、次なる手を考える。

 「空気振動による斬撃強化」と「衝撃や熱の伝播妨害」……相性が悪いというか、強引な力押しでこれを破ることは難しい。

 ……とにかく避けまくって、周辺の物に熱を加えて投げつけることでヤツの集中を阻害し、隙を見つけてぶちかます……それぐらいか?……泥仕合だな。


 いかに忍者が超人のそれとは言え、長時間集中力を維持する戦闘は軍人であるヤツの土俵だ。怨鬼の持久力では、俺の方が先にバテる可能性もある。

 一方で、奴に機動力はない。この場から「逃げる」ことは余裕だろうが、それじゃ意味がない。追いかけさせるにも、戦闘範囲を広げたら……浄忍からの発見リスクがはね上がる。

 なら、「速さ」か――?動き回って攪乱し奇襲の一撃を……いや、奇襲への対応も軍人の本分か。隙がねえ。せめて、もう一人、誰か協力者がいれば……。


 ――消去法的に、綾夏の顔が浮かぶ。

 ……駄目だ。この怨鬼の……鹿嶋(カシマ)の身のこなしは本物だ。生半可に彼女に参戦させても、無為に命を落とすだけだ。甲斐のない戦いで死なせるわけにはいかない。

 やはり、俺だ。応援になど頼らず、俺一人で、コイツを倒さなくては――



 瞬間、俺の顔面に一本の針が刺さった。

 ――これは……注射針を含み針に……!!


 おそらく、目を狙ったものだが、直前に気付いて、体勢を逸らしたおかげで直撃は避けた。

 だが、一瞬。ほんの一瞬だが、俺の注意がヤツの銃剣から逸れた。奴は、その隙を逃さない。


 てけ……てけ……てけ……てけ……

 てけてけ、てけてけ、てけてけ、てけてけ、

 てけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけてけ


 ヤツの沌法による微細振動の起こす鍔鳴りだけが、ただ俺の脳内に響き続ける。


 全ての思考が止まり、視界の全ての運動がゆっくりになる。脳の処理に、体が追い付かない。走馬灯にも等しい、過剰な集中状態。

 ――殺られる。絶望すらする間もなく、俺は、それを確信した。


「俺は……怨鬼(おに)じゃない……人間なんだよぉッッッ!!」


 鹿嶋(カシマ)の絶叫。過剰処理を行う俺の脳は、その声を、何度も、何度も、脳内に往復させていた――




剋因沌法(こくいんとんぽう) 『(つらぬき)』――」


 


 瞬間。鹿嶋(カシマ)の銃剣が一本の光の筋に弾かれ、地面に突き刺さった。ヤツは、右手を押さえながら、その場にしゃがみ込んだ。


 俺は、俺を助けた言葉の主に、「誰だ」と問いかけることはしなかった。過剰な処理を行う俺の脳は、既に声の主について記憶の照会を済ませ、確信を得ていたからだ。

 ……同時に、その人にこのようなことが出来るはずがないとも、その不可能が「可能である」現実が意味することも、瞬時に理解し、結論を出していた。


 ――だが、それでも信じられない。自分の確信を疑う中、彼は俺の横に立った。もはや俺も、ただ現実を受け入れることしかできなかった。


鉾田(ほこた)さん――?」

「手間をかけさせたね、明松(かがり)さん」


 純喫茶ピオニィの店長の鉾田(ほこた)さん。

 深い黒だった彼の瞳は、今では赤く発光し、点のように小さくなった瞳孔の周りに、虹色の虹彩を輝かせていた――





最後まで読んでいただけた方は、下にスクロールして☆を入れて頂けますと幸いです。


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