#6 鬼さんこちら
俺と綾夏はピオニィの近隣の調査を開始した。綾夏には懐中電灯を持たせて、ビルの屋上から探索をしてもらっている。
まったく危険が無いとは言わないが、見通しもよく合流と合図が容易で、敵が屋上に潜んでいたとしても、すぐ地上に降りて俺と合流を目指せる。無軌道に二人で地上を探索するよりは安全と見ての分担だ。
一定時間の探索を完了した時、怪しい存在を見つけた時、危険が迫った時、俺の居る方向に向けて明滅させるように指示を出している。その時点で合流を目指す手筈だ。
……街は、通行人も少なくいつもと比べ静まり返っている。……それもそうだ。危険な殺人犯がいる中で外出を行う人間は少ない。そういう意味で、体格の大きな店長が出歩いていたらとても目立つので、その発見も容易である。
しかし、もう一つ気を付けるべき要素がある。綾夏が……そして俺が、浄忍に見つからないようにすることだ。精鬼である綾夏はもちろん、俺の力が……剋因遁法が浄忍衆に露見するのは、流石に問題がある。俺への追及は元より、そこから綾夏に捜査の手が伸びる可能性も考えられる。
これから先、俺は「かつての仲間に見つからないように」立ち回る必要がある。そういう意味では、浄忍の警戒が強まっている現在は、俺たちにとっても非常にリスクが高いと言える。
「……今、俺が頼れるのは、綾夏だけか」
俺は、気配を殺しながら、周囲の探索を行う。泣き言は言っていられないし、力を持っていなかった頃だって自分から誰かに頼っていたわけではない。やれることを、やれる限り全うする。それだけだ。
手がかりは少ない。彼の死亡の現場に居合わせたわけではない。「刃物を使った」と発表していることを考えると、武器の携行を考慮した方が良いということぐらいだ。
もっとも、遁法を用いて武器を形成したり、斬撃特性を加えたり、風や水流を刃物のように扱う術はあるので、これもあくまで想定のひとつにすぎない。だが、敵が「剋因沌法」を発動するまでもなく、初手で攻撃に移れるという点は警戒すべきだ。俺の遁法発動前に奇襲をかけられることもあり得る。
夜の闇は深く、どこから何が来るか、一瞬たりとも気を抜くことは出来ない。俺は、警戒を続けながら周囲を探索した。
* * *
「……なんだ、これ」
何度か綾夏と合流、解散を繰り返した後、俺は鉛筆で電柱に記された謎の印を見つけた。……「100」か?
最初はただの落書きかと思った。しかし、あたりの電柱にも同様に同じ数字が書かれている。値もばらばらというわけでも無い。全て「100」だ。俺の視線より若干高めの所に、その数字は刻まれている。
「愚連隊やカミナリ族の縄張りのアピール……にしては目立たない。巫術による結界の仕込みとかってわけでもなさそうだな」
今回のことには無関係かもしれない……が、気にはなる。今回の怨鬼の身長……百九十センチ……ちょうどそのぐらいの高さから見やすい位置に、順々に記された数字。それらを結んで繋がる、ひとつの道のり。
「……何かの儀式かゲン担ぎか……それとも、誘ってる、のか?」
……だが、他に手がかりもない。思い込みで無謀に動くのは俺の悪い癖ではあるが、反面でこの手の違和感に対する直感は比較的よく当たる。忍者の直感とは、無意識の観察と考察からくる推理に等しい。無根拠かつ無軌道に探し回るよりは、ひとつの指針になりうる。
俺は、手掛かりかもしれないその数字をたどり、謎の存在の影を追った。
* * *
「うわっ……」
いくつかの電柱をたどった先だった。俺は一人の男を見つけた。白い長髪のその大男は……立小便をしていた……。
おいおい、汚ねぇな……犬じゃねぇんだからさ。つーか、電柱の下、小便除けの小さな鳥居がびしゃびしゃになってやがる……。罰当たり極まれりだな。
……これまで一定間隔で見てきた電柱を踏まえると、あれにも「100」は刻まれているだろう。確認しに行きたくはねぇが……。
いや、「100」を刻んでるのもあの男かもしれん。小便した電柱に目印をつけてる変態とかじゃなければ、何かしらの意味はあるか。
……ん?何やってるんだアレ。
おいおいおい、注射器と小瓶……違法薬物じゃねぇか。めちゃくちゃだ……こんなヤバい状況でポン中と遭遇とか、いい加減にしてくれないか、本当。
……仕方ねぇ、気絶させて表通りの近くで寝かせとくか。こんな路地裏よか、人目につく場所の方が安全だ。お巡りがしょっ引いて保護してくれりゃいいが、怨鬼が出てるから出勤停止命令出てる可能性もあるか。浄忍衆の仕事になるかもな。余計な手間かけさせんなよ。
俺は、電柱から少し離れたところに座り込んだ、大柄な男に近づいて話しかけた。
「……そこのあなた、こんな所で座ってると危ないですよ」
「ああー……?」
……ああー?じゃねぇんだよ。のんきに幻覚見やがって。
「知らないんですか?つい昨日殺人事件があったんですよ。こんな時間に危ないですよ?」
「あ……ああ~…………」
俺はため息をついた。わかってないな、いい加減にしてくれ。ひとまず、適当に会話して、隙を見せたら一発入れて気絶させるか。
ふと、男の服装を見る。白い着物に……軍帽?……この男も退役軍人か。
死人に鞭打つのは気が引けるが……やはり、体力があり余った男の狼藉は、たまったもんじゃない……。あの店主を見習って、真っ当に生きて欲しいもんだ。
「……もしもーし!!殺人鬼が出てるんですよ!!わかります!?さ・つ・じ・ん・き!!人殺しの鬼ですよ!!鬼!!鬼が出るんです!!」
俺は声を荒げた。……隠すべきことも言ってしまってるが、このぐらいわかりやすく言わんと仕方ない。どのみち、比喩だと思うだろう。
「あ?」
瞬間。
周囲の空気に緊張が走ったのと、俺の前を白い光が横切ったのは、ほぼ同時だった。俺は、瞬時に身を引き、刃をかわす。刃は前髪をかすめ、一房の髪がはらりと舞い落ちる。
過重怨圧の揺らぎが視認された。間違いない。こいつは怨魔だ。……一応懸念はしていたが、ここで当たりを引いたか。
……だが、確認はしておこうか。
「……あんたが、殺人鬼……ってことでいいんですかね?」
「………………」
男はうつむく。片手に握った銃剣を握り締め、ぷるぷると拳を震わせながら。
「………………違う」
「……は?」
男は銃剣を構え立ち上がった。男の下半身には「老人のような」細い足が、見え隠れする。
「おれは……鬼じゃないっ!!俺は人間なんだよォッッッ!!」
「そうかい。……そう扱われたいなら、立小便も、ヒロポンも、人殺しも、俺と出会う前に辞めておくべきだったな」
「剋因沌法 『鐸』――」
「剋因遁法 『灼』――」
俺とヤツの巫力が、現象として顕現する。
熱の揺らぎと、過重怨圧の揺らぎ。その相乗効果で、さながら俺たちの間の空間そのものがねじ曲がったかのように、ぐにゃりと歪む。
「おれは……犬でも、鬼でもねぇんだよッ!!俺は、帝国陸軍上等兵……『鹿嶋 礼児』だッッッ!!」
「……自己紹介どうも。俺は家電販売の営業だ。彼岸に渡ったら忘れていいぜ」
俺は、背広を投げ捨てて、赤熱した小太刀を抜いた。
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