プロローグ ダンガンババア
おれは、怨魔……いや、怨鬼だ。
浄忍どもの作った等級では最上位とされる「甲種」に位置付けられているらしい。
普段は駄菓子屋の好々婆として、採算無視のもんじゃ焼きをガキどもに食わせてやっている。
だが、その実態は正体不明の人喰いの鬼。そのようなこと、露にも思うまい。
やんちゃに遊ぶ近所のガキどもが、じわじわと育っていくのを肴に、一杯やるのが、おれの楽しみだ。
ああ、生意気なガキどもよ。このまますくすく育って、上質な脳を持つ、美味しい大人になっておくれよ……ヒヒッ。
「剋因沌法 『閃』――」
さて、今日も食事の時間だ。
おれの脚力は韋駄天のそれだ。どんな浄忍もおれには追い付けない。
おや、ちょうどいい所に車が通りかかったね。
黒い車体の、なかなか高級感のある車だ。それにオープンカーとは、屋根を壊す手間が省けて助かるよ。
じゃあ、いこうか。
すっとろい路面電車などはもちろん、外車だろうと、国産のスポーツカーだろうと、おれの足からは逃げられない。
おれこそが、東京最速の怨鬼。誰もおれからは逃げられないんだよ。
瞬間、小さな光と、一本の線が、おれの視界で明滅した。
* * *
――俺の足元に、老婆の首が転がる。
俺と綾夏の右手に握られたピアノ線は、水平にぴんと張り、緑色の体液を滴らせていた。
「手伝ってもらって助かったよ、綾夏」
「……ほとんど遁法使わずに、対応出来ちゃいましたね」
「一応、鋼線が溶けない程度に熱は与えたんだが……距離もあったし、そっちまでは伝わって行かなかったんだろうな」
「手袋もしてましたしね」
胴体から切り離されたそれは、言葉にならない罵声を俺に浴びせかける。
聞き取れるのは「畜生が」「食い殺してやる」「●●●●」「×××」「■■■■■■」などと、おおよそ悪意しか感じられない下品な言葉ばかりだ。
……善良な鬼じゃなかったみたいで一安心だぜ。
「ところで、さっきのまぶしい光、何だったんですか?」
「ああ、新製品の懐中電灯だよ。会社の倉庫の試供品から拝借してな。合図にはちょうどいいだろう?」
俺が手元のスイッチをぱちぱちと切り替えるたび、電灯の光はぼんやりと明滅する。
「これから電池が改善されて、長時間の点灯も出来るようになるかも、ってさ。停電時も心強い一家に一台の優れものだ」
「……『会社の』って、それは横領では……?」
「なに、自社の扱う商品の性能を知る事だって、立派な営業の勉強さ」
俺は、老婆の怨鬼の首を持ち上げた。
「……ところで綾夏。この前の口裂け女の時は聞かなかったけど、こういう怨鬼も、怨魔と同じように食ったりするのか?」
「えっと……その、人の姿で言葉を喋る相手は、心理的に抵抗が強くて……」
困った顔の綾夏を見て、俺は笑った。
「……そうか。いや、それでいいんだ。その気持ち、これからも大事にしてくれ」
「てめぇらッッッッ!!」
怨鬼は、俺達の会話に割り込むように、恨めしい表情で食って掛かった。
「なんだ、なんなんだ、てめぇらッ!!浄忍か!?浄忍が、おれを、おれを……この『弾丸婆』を殺しに来たのかッッッッ!?」
俺は苦笑を漏らした。弾丸ババア……「鉄砲玉」って、行ったきり帰ってこないじゃねえか。縁起でもない自称だな。
「俺は、浄忍じゃねぇよ」
俺は、生首を真上に放り投げた。やがて、動きを止めて自由落下を始める婆の首。
それをめがけて、俺は巫力を込めて赤熱した拳を叩き込んだ。ヤツの首は瞬く間に炎上し、地に落ちる間もなく跡形もなく消滅した。
「義に厚いだけの、ただの家電営業さ。成仏しろよ『ターボババア』」
残された婆の肉体が、黒い靄となり、霧散していく。……決着もターボってのは、少しばかり同情するぜ。
しかし、弾丸か……今開発が進んでるっていう高速鉄道も、昔は「弾丸列車」とか呼ばれてたらしいな。
「……そういえば、東海道に高速鉄道が開業するって話、再来年だったっけか?四時間で京都まで行けるんだよな」
「ああ、うちのお客さんもその話してましたよ。楽しみですよねぇ」
「……俺、就職してから東京から出た事ねぇんだよな……。たまには休暇取って、京都でも行ってみるかな」
「ふふ、ハネムーンのお誘いですか?」
「ははっ、おのぼりのガキの引率なんて、御免だね」
――――――――【第二章:憂国精鬼のラプソディ】――――――――
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