#11 馬鹿笑い
「はは……くのいちは、こんなもん使ってたのか……」
いざ、自分の手元に超常の力が宿ると、よくわかる。俺の力とは別物だ。怨魔退治の「前提」が、これか。
……そりゃ宮子だって、俺の闘いを無謀だって止めるだろうさ。自嘲気味な笑いが出る。
「ぐ……ぎいィィ……ッ!!」
声にならない金切り声を上げながら、口裂け女は、新たに二本の腕を生やした。その掌にはそれぞれ包丁が握られている。
大剣のような一撃ではなく、おそらく手数で勝負するつもりだろう。口裂け女は俺をめがけて包丁を何度も振り下ろす。
俺は小太刀を抜き、これを受けた。
体内を巡る「熱」の操作。これによる身体能力の向上。こちらについても以前と比べて遅延も淀みもなく、遥かに効率が向上している。
口裂け女の鋭い斬撃を、俺の小太刀は全て受け切って、赤熱させた刀を斬り返すことで奴の三つの手首を焼き切って、返す刀でひじ以下を両断した。
口裂け女は、尻もちをついて、落とされた丸焼けの自分の腕を見た。
そして、恐怖に満ちた目で俺を見た。
「私を……殺すのォ……?その女だって……私と同じ、怨鬼じゃなイ……」
「……『人間』だってさ。そんで、お前は『怨鬼』だろ?同じじゃねぇよ」
「じゃ、じゃあ、私も、もう、人を殺さない。喰ったりしないから、見逃して……ねェ?」
……おいおい、これがあの恐ろしい怨鬼の末路かよ。こんな、無様に命乞いされたんじゃ、流石にかわいそうになってくるな。
俺は刀を収めた。奴は、醜く裂けた口で、安堵の笑みを浮かべた。
――俺の拳が赤熱する。
「エッ……?」
「あほか。赦すわけねぇだろ。てめェは邪悪な人喰いのバケモノ。赦しようのない、俺たち人間の仇だ」
俺は歩みを進める。怒りを込めた拳は、白熱電球のように周囲の景色を、淡い橙色に染める。
口裂け女は、驚愕したように大口を開けて、俺の方に哀願の瞳を向けた。関係あるか。
「ギ……エエエエェェェッッッッ!!」
ヤツの金切声とともに喉の奥から剣が生え、俺の心臓に延びる。俺はそれを、赤熱していない左手で殴りつけ、叩き折った。
「あ、あア……」
「……ま、これが全てだよな。死ぬまで更生できない奴もいる」
俺は、赤熱した右拳を握りしめ、口裂け女に向かって駆けだした。
ヤツは長髪を針に変え、俺を足止めしようとするが、全身に熱を帯びた俺の肉体は、細かな針を体表に届かせることはなく、その全てを蒸発させていった。
間合いに入った。俺は拳を、大きく振りかぶる。
「地獄に行って、北坂さんたちに詫びて来な」
「北……坂……?」
俺は、拳でヤツの顔面を打ち抜いた。ヤツの頭蓋は、脳漿は、地に落ちることなく空中で発火する。
そして、衝撃で吹き飛ばされた鎖骨から上は、炎を纏いながら直ちに蒸発し、残された首なし死体はその場に倒れ伏せた。
無惨に横たわる口裂け女の骸は、暗い靄を出しながら、少しずつ、霧散していく。決着だ。
「……閻魔様への釈明に覚えとけ。ポマード頭の愛妻家……俺の世話になった『善い人』が、北坂さんだ」
焦げた肉体も、赤いロングコートも、金遁で作り出された包丁も……すべては靄となり、消えていった。
怨魔は、死体を残さない。行きつく先は「無」だ。死後の裁きを受けるのかはわからないが、次はせいぜい善人に産まれて来いよ。
* * *
「お強いんですね……」
彼女は、戦いを終えてその場に座り込んだ俺の横にしゃがみこみ、声をかけた。
「……いや、あんたのおかげだ。ありがとうな」
思った以上に、素直に礼の言葉が出た。怨鬼への猜疑心に満ち、悪態ばかりついていた俺の口から出てくる言葉としては、自分でも意外だ。
「繋がった『力』を、そのまま体術に反映して戦いに活かせたのは、あなたの、日々の鍛錬の賜物だと思います」
……そう、か。「無駄」じゃなかったんだな。そう考えると、悪くない気持ちだ。
正直、借り物の力で暴れただけと、自分を蔑む気持ちもあったが、浄忍の日々が俺の礎になってこそ使えた力であったのなら、少しばかりその気持ちも楽になる。
「それで、えっと……なんて呼べばいい?」
「……えっ?……私ですか?」
「そう、名前聞いてなかったからな。恩人相手にいつまでも『お前』呼びじゃ、ばつが悪いだろう」
彼女はゆっくりと、口を開いた。
「百月……綾夏。そう、称しています」
「そうか、改めて礼を言う。ありがとう、『綾夏さん』」
綾夏は、頭を下げた俺を、意外そうな顔で見る。
……怨鬼相手ならどれだけ無礼を働いても気になんてしなかったが、流石に「人間」の女相手に、いつまでもあんな態度をとるわけにはいかないだろう。
「本当に、私を、信じて……くださるんですか?」
「……信じたから、助力を請うたんだ。そちらから俺を裏切らない限り、筋は通すよ」
俺は天を仰ぐ。星空に十三夜の月が浮かぶ。浄忍としてはどこまでも失格だが、今夜は、とても清々しい。こんな気持ちは何時ぶりだろうか。
「けど……あんたの『目的』に協力できるかは、話次第だ。俺は『人間の味方』だが、他に迷惑をかけるなら手は貸せない。無条件に味方、というわけにはいかないさ」
「『目的』……?」
「ああ、用事があったから、俺に接触したんだろう。まずは、それを話してくれよ」
綾夏は、ハッと気づいたように立ち上がり、ビルの塔屋に立てかけられた籠の鞄を取ってきた。
「その、朱弘さんとお会いした、あの夜のことなんですが……」
「ああ」
俺はゆっくりと頷いた。どんな話が来ても、俺は、受け入れようと、覚悟を決めている。
「その、クリーニングに出していいのかわからなかったもので、手洗いをしたのですが、その……」
「……?」
彼女は、もじもじとしながら、鞄から服を取り出した。紺色の野袴と上衣……俺の、忍び装束?
「あの日、あなたを背広に着替えさせて、警察に引き渡してから気が付いたのですが、工事現場に装束を置いて行ってしまって……。物が物なので派出所に預かってもらうのもまずいと思って、直接探していたんです」
「………………」
「それで、お巡りさんが名刺を預かっていると聞いて、あなたの勤め先を知ったのですが、昼に顔を出すのもご迷惑かと思って、こんな時間になってしまって……」
「待て」
俺は頭を抱えた。つまり、彼女が、俺に接触を図ったのは――
「俺の忍装束を届けるためだけに、俺を探してた、と?」
「は、はい……流石に、裸一貫で闘わせるのは、忍びないかと……」
「ぷふッ……」
俺は吹き出して、笑い転げた。
そんなわけねぇだろ。予備の忍装束だって持ってるし、それが無くても現場作業着を買うとか、いくらでも代わりなんてある。誰が裸で闘うかよ。
それにも関わらず、この女は、綾夏は、大して困ってもいない忘れ物を届けるために、殺されるかもしれない危険を負ってまで、俺に会いに来たのか?
それで、俺はそんな娘を、殺すか、殺さないか、大真面目に悩んでたのか?……はは、これが笑わずになんていられるかよ。
「ははは……綾夏さん……あんた、馬鹿だなぁ」
「なっ……失礼ですよ!!人の善意を、馬鹿だなんて……」
「いいや、馬鹿だよ、あんたは。筋金入りの大バカ娘だ」
「なっ、なんで、そんなこと言うんですかっ!!」
綾夏は、むくれ面で俺に突っかかる。そんなの、決まってるだろ。
「俺と同じ、危険を顧みない、お人好しの大バカ野郎だからさ」
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