表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/44

#10 人間の証明

 女は、俺の右手を両手で包むように握る。

 ……「信じる」、だと?浄忍を目指した俺が、怨魔を?


 ……俺が、この女を見逃したい気持ち。それは、死者の気持ちを妄想する、安いセンチメンタルに過ぎない。自分でもわかっている。浄忍としては、この怨鬼は、今ここで、殺すべきだ。殺さなくてはならない。

 俺は、臆病風に吹かれて、浄忍としての使命より、自分の人間性を失うことを避けただけだ。そんな自分に軽蔑すら覚えている。


 ………………。


 ………………けれど、


 俺の本心は、きっと、求めていたのかもしれない。

 あの邪悪な口裂け女すら、一応俺は話を聞いた。仇かどうかの確認をしようとした。


 なぜ?


 ……「言葉が通じる」からだ。


 言葉は、人が愛や友誼を結ぶ前提だ。

 同時に、他者を騙し、脅し、保身を図り、貶め、辱め、優越感に浸る。そうした、ろくでもない使い方だってされる。


 甲種の怨魔が……怨鬼が、果たして「人」なのか。俺は知りたかった。やむにやまれぬ事情があるのか、理解し合い、刀を収めることは出来ないのか。

 無意識のうちに、そうした純情な期待を持っていたからこそ、問答無用で不意打ちで殺しに行くことを、俺は避けていた。


 そんな甘い話なんて、ない。人間だって、他者と争い、殺し、辱める。二十年前の戦争で、世界はそのことを、いやと言うほど知っただろう。

 殺していった敵国の者にも、殺しにきた兵士たちにも、その多くは愛する家族がいたことだろう。だが、お互いの握りしめた銃は、そんな「話せばわかる」相手ですら、凄惨な殺し合いを強要した。

 ……人間ですらそうなんだ。怨みの鬼の言葉に、何の重みがある。


 でも、それでも、もし、俺が知らない誰かが、救いを求め、声を出していたのなら。それが本心からの求めであれば。

 きっと俺は、鬼の姿をしていても、手を差し伸べたいと思っただろう。


 ――まったく、馬鹿な男だよ。俺は。


* * *


「ひとつ、答えろ」

 俺は、彼女の目をまっすぐ見つめた。

「お前は……自分を『人間』だって、胸を張って、言えるか?」

「……っ!!」


「……人間だってロクなもんじゃねぇ。先の大戦だって、戦後の混乱だって、現実はクソみてぇなことばかりだ。殺戮も、強盗も、強姦も、全部人間のやること。それでなお人間扱いされてぇってんだから、怨魔よりタチが悪いかもな」

 俺は、彼女から目を逸らさない。彼女も、俺の目を、真っすぐに見返す。


「それでも、それでもだよ。俺は、人間の味方でありたいんだ。殺して、犯して、奪って……そんなもの、人間の本質だなんて思いたくないんだ。人間には、もっと、何かあるはずなんだよ。救われたっていいはずなんだよ」


 俺は、握った手に力を籠める。これまで生きてきた中での怒りが、悔しさが、悲しみが……、そして、それらですら奪いきれなかった「未来への期待」が……胸に去来する。


「俺は、人間に、人間として生きて欲しい。ふざけた理不尽に飲み込まれるところなんて見たくないんだよ。俺は、自分が人間だって、胸を張って言いたいんだ」

 俺は、声を絞り出すように、彼女に問いかけた。彼女は、俺の手を、強く、握り返す。


「……答えてくれ。お前は、怨鬼(おに)か、それとも人間(ひと)なのか……?」

 それは、祈りのように。願いのように。ただ彼女から「その一言」を聞かせてくれと、懇願するように。俺は、彼女の目を見つめる。


「私は――」

 俺の願いを聞き届け、彼女は口を開いた。


「私は……、貴方と同じ……『人間』です……っ!!」

 そう、それこそが、俺の求めていた「(こたえ)」に他ならなかった。


 ――今、腹をくくった。俺は「人間」の味方だ。


 口裂け女は、もう、すぐそこまで迫っている。「怨鬼(おに)」が。「俺たち」の敵が――

「頼む、力を……貸してくれ」

「はいっ!!」


 ――俺は、何年かぶりに、歯をむき出しにした笑顔を見せた。

 ――彼女も、子供みたいに、あどけない顔で笑っていた。


剋因沌法(こくいんとんぽう)(しるべ)』――」


 彼女の瞳が、赤く輝く。それと同時に俺の右手に、あたたかく、それでいて小川のせせらぎのような、柔らかな「流れ」が、注ぎこまれる。

 それは、春、夏、秋、冬……巡る季節が幾重にも連なり、一本の河に集約されたような、膨大な時の流れを、血流に乗せて、俺の全身に巡らせるような。


 ―――ただただ心地よい。俺は、今「世界」そのものになっている。俺の求める「人間」という概念。その目指す極致が、ここにあるような。そんな感覚。


百月(ももつき)奥伝(おうでん) 大悟『順魂(じゅんこん)流転(るてん)』」


 (すべ)てが、繋がっていく。

 古代日本のアニミズムに始まり、現代浄忍衆に至るまでの「(かんなぎ)」の系譜が。

 俺の体内を巡る、巫力の系譜が、ひとつの輪を描き――繋がった。全てが、確信に変わる。今の俺になら、出来る。

 「血因遁法」――ではない。たった今、俺の魂に刻まれた、新たな力。



 屋上を渡り切った口裂け女が、跳躍した。そして、全身から刃物を展開し、その中でも最も巨大な右腕の大刀で、俺の胴を両断すべく、大きく振りかぶる。


剋因遁法(こくいんとんぽう)(あらたか)』――」


 俺が求めてやまなかった「力」。劣等感と無力感に押しつぶされる日々で諦めた、怨魔を屠り、人々に安寧をもたらす超常の力。

 俺の足が赤熱する。先の鉄板越しのそれの比ではない。俺の足が「熱」その物となり、コンクリートを溶解させるほどの熱量が、集約する。


明松(かがり)流 蹴撃殺法『烙跡(らくせき)』――!!」


 俺の足が、怨魔の右腕に繋がった、巨大な刀に延びる。

 赤熱した俺の足が、口裂け女の刀を溶かす。コートの袖を消し炭に変える。怨魔の腕の骨肉を、手首から、肘、上腕まで、膨大な熱量で蒸発させる。

 皮膚の表面を焼くばかりだった、俺の「熱」の蹴撃は、もはやあの時とは比較にならない威力に変わっていた。俺はそのまま、右足を蹴り抜き、敵の肩を蒸発させた。




 ――この日、俺は浄忍の道を、自身の選択で諦めた。

 そして、ようやく、一人の「人間」として、産声を上げられたように感じた。





最後まで読んでいただけた方は、下にスクロールして☆を入れて頂けますと幸いです。


☆:いま一歩

☆☆:最後まで読んだ

☆☆☆:悪くない

☆☆☆☆:良い

☆☆☆☆☆:最高!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ