第62章 ― 石の門
長き旅が、ついにその終わりを迎えた。
幾週間にもわたる困難と荒廃の道を越え、アーリアとサエルを含む冒険者たちはついに、ドワーフの大地グラニスの首都、その威容を見た。
その名は、ガラニスダー。
山肌に眠る都市は、まるで自然そのものが築いた城塞のようだった。
両側をそびえる岩壁が守り、山の斜面には道すらなく、唯一の入口である前方の石の門(高さ約50m、厚さ約10m)こそが、都市への唯一の扉だった。
そこに佇む様子は、まさに圧倒的なる要塞。
第一の刻印者すら破れなかったとされるその強固な防御構造は、今も動かぬ真実として語り継がれていた。
門の前には、助けを求める数えきれぬ人々が群れていた。
破れた衣をまとい、疲れ果てた顔には絶望が刻まれている。
行き場を失ったエルフ、人間、ドワーフたち…
命からがら逃れてきた者たちが、死にもの狂いで門にすがり付いていた。
馬車の車輪が砂利を踏みしめる音だけが、祈りにも似た母親のすすり泣きを掻き消した。
総勢85人の冒険者たちは、何もできなかった。命令に縛られ、希望すら口にできなかった。
やがて、夜の帳が降りたその時、彼らは乾いた丘の上に野営した。
遠くには灯りがちらほらと見え、それはまるで消えそうになる虫火のように静かだった。
アーリアとサエルは焚き火の近くに腰を下ろし、誰も言葉を発しなかった。
焚き木のはぜる音さえ、その地で見た悲劇を悼んでいるかのようだった。
そのとき、静かに歩み寄る小さな影に気づいた。
薄汚れた布をまとったドワーフの少女が、怯えるように立っていた。瞳の奥には、生きることへのあきらめが映っていた。
「すみません…食べ物を…少しだけ…」
声はかすれ、期待という言葉すら失っていた。
アーリアは即座に乾いたパンをひとつ差し出した。少女は震える両手で受け取り、そっと口にした。
だが、すぐにまた顔を見せた。何かを言いたげに、でも言葉にできずに佇んだ。
「革の帯…ちょっとだけ…」
アーリアは首を振った。自分には持っていないと伝えようとした瞬間、サエルが静かに立ち上がった。
彼は何も言わず、自身の腰にあった古びた革帯をそっと外し、少女に差し出した。少女は深く礼をして、闇へと静かに消えていった。
やがて、別の四つの影が暗がりから現れた。すべて幼い戦災孤児だった。
彼らは少女を待っていた。そして彼女が持ち帰ったパンと革帯を分け合った。
飢えのせいか、小さく裂いた革を手に取り、時間をかけて噛みしめ始める。
革は食べ物ではない。だがその命からがら、彼らはそれを“食べた”。
「空腹を鳴らすより、騙すほうがいい」
アーリアの手が震えた。顔を覆い、とめどなく涙が頬を伝った。
どうして子供たちが革を齧って生きることになるのか。
世界はどれほど冷たく、孤児たちはどれほど脆弱か…
彼女はサエルを見た。問いかけるように、答えを探すように。
「…彼らを助ける方法は…ないの?」
声は震えた。
サエルは静かに炎の中で少女たちを見つめた。目には深い赤と冷たい揺らぎがあった。
彼の返答は、火の揺れの中で永遠にゆっくり語られた。
「…この戦争が終わったときに、だ」
その言葉で、再び沈黙が二人を包んだ。
夜の闇の向こうでは、
飢えた子どもたちが
壊れた世界の残骸を噛みしめていた。
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