第59章 — 呼び声の重み
アリアとサエルがこの村にやって来てから、六か月が経っていた。
静かな日々は、気づかないうちに彼らを村の一員にしていた。
二人は農作業を手伝い、春の種まきで汗を流し、村の創設祭では住民たちと火を囲んで歌や食事を楽しんだ。夜空に無数のランタンが浮かび上がったあの日、アリアは子どもたちの笑顔を見ながら「ここが自分たちの場所かもしれない」と思った。
ギルドの受付嬢リリスは、もはや友人と呼べる存在だった。彼女は明るく快活で、どんなことにも首を突っ込み、時にはパンを差し入れてくれることもあった。アリアはその陽気さに救われ、よく笑うようになった。サエルも彼女の話を黙って聞くことが多くなり、表情の奥にわずかな懐かしさを宿していた。
それは、契約以前の自分を思い出すような感覚だった。
しかし、彼は深く考えようとはしなかった。ただ、その温もりに身を委ねていた。
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その朝、空は澄み切り、心地よい風が吹いていた。アリアは少し浮き足立ちながら、サエルの手を引いてギルドへ向かった。
「早く行かないと、いい依頼がなくなっちゃうわよ!」
彼は短く頷くだけだったが、その瞳には彼女の笑顔を見て安心している色があった。
ギルドの中は、普段よりも人が多かった。掲示板の前には人だかりができており、ざわめきが絶えない。その視線の先に、一際目立つ大きな紙が貼られていた。
聖十字協会の紋章が刻まれた公告。
アリアは足を止めた。
「……聖十字の依頼?」
サエルは紙に近づき、無言で内容を読む。
> 『ドワーフの大地グラニスにおける戦線のため、冒険者を募集する。
詳細は志願者にのみ伝える。
報酬:一日につき金貨一枚』
「……一日につき金貨一枚?」アリアは息をのんだ。
「大きい額だ」サエルがぽつりと呟く。
アリアは眉をひそめた。
「これは……十字協会の戦争に参加するってことよ。おそらく、第一の刻印者との戦いのために。」
サエルはその言葉を聞きながらも、視線を紙から外さなかった。
「グラニス……」
「え?」
「行ってみたい」
「……どうして?」
「もしかしたら……そこが俺の探している場所かもしれない。」
アリアは言葉を失った。
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「サエル、分かってるの? 聖十字と関わるってことは……危険どころじゃないわ。」
彼は静かに彼女を見返した。
「構わない。」
その答えにアリアは胸が締めつけられる。
「私は……嫌よ。ここでやっと安定した生活ができるようになったのに……友達だってできたのに……。」
サエルは何も言わなかった。ただ彼女を見つめていた。
アリアは息を吐き出し、震える声で尋ねた。
「……行きたいのね?」
「行きたい。」
その率直な答えに、彼女は瞼を閉じた。
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その時、背後から明るい声が響いた。
「ねぇねぇ、見た? あの募集! 金貨一枚だって! 信じられない!」
振り返ると、リリスが目を輝かせて立っていた。
「……見たわ」アリアが小さく答える。
「あなたたち、行くんでしょ?」
一瞬の沈黙の後、サエルは短く答えた。
「行く。」
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帰り道、アリアは黙ったままだった。
彼を止めることはできないと分かっていた。
そして自分もまた、彼の隣を離れたくないという本心を隠せなかった。
夜、家で食事をしているとき、アリアはぽつりと聞いた。
「何を考えてるの?」
サエルは視線を落としたまま答えた。
「……契約前の記憶を、少しだけ思い出してた。」
その言葉にアリアは胸がざわついた。
契約。
その言葉の持つ重さを知っているからこそ、彼女は黙るしかなかった。
彼の旅は、暗闇に満ちている。
それでも――
アリアはサエルを見つめた。
どこへ行こうとも、一緒に行く。
彼の隣で、その道を見届ける。
その決意だけは、揺らがなかった。
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