第50章 — 二人だけの静寂
焚き火の炎が、かすかに揺れる。
その光に照らされる彼女の横顔は、まるで幻のようだった。
サエルは黙ってその姿を見つめていた。
何も言わず、何も求めず、ただその存在がそこにあるだけで十分だった。
アーリアは少し眠たそうにまぶたを伏せ、膝を抱えて座っていた。
彼女の横には、傷だらけの自分がいる。
それなのに、彼女は一度も離れようとしなかった。
「……なぜ、ここにいる?」
声に出したのは、自分でも不思議だった。
彼女は驚いたようにこちらを見て、微笑んだ。
だがその笑顔は、どこか哀しげだった。
「……あなたが歩く限り、私は隣にいるわ。」
その言葉は、夜の静けさよりも優しく、そして重かった。
彼には理解できなかった。
自分は、何者でもない。
ただ歩き続けることしかできない存在。
それなのに、なぜ彼女はここにいるのか。
答えは出ない。
だが彼女が笑うたびに、胸の奥が少しだけ温かくなる。
彼女の手が、そっと彼の手に触れた。
冷たかったはずの手が、彼女の体温を吸って、静かに熱を持ちはじめる。
「あなたが選ぶ道が、どれほど困難でも……私は信じてる。」
信じるという言葉が、これほど苦しいものだとは思わなかった。
その信頼に応えたいと思った。
だが、彼の歩む道は――破滅の先にあるもの。
「……それでも、俺はお前を守る。」
それが答えだった。
彼にできる唯一の誓い。
たとえ世界が崩れようと、この灯火だけは、守り抜くと。
風が焚き火を揺らす。
彼女の髪がなびくたび、彼の心の奥で何かが震えた。
これは、ほんの一瞬の平穏。
だが、彼にとっては永遠よりも尊い時間だった。
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