第42章 ― 敵など、誰もいない
作者からのメッセージ
読んでくださっている皆さまへ。
まず最初に、この物語をここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
この作品は、もともと深い目的もなく、気ままに書き始めたものでした。
けれど、皆さまが読んでくれて、待ってくれて、感想をくれるたびに――
私の中で、この物語は少しずつ特別なものになっていきました。
登場人物たちの歩みが、誰かの心にほんの少しでも届いたのなら、
それだけで、この物語を書いてよかったと思えます。
もしよろしければ、感想やご意見なども気軽にいただけると嬉しいです。
面白いと思ってくださった方も、そうでなかった方も、
皆さまの声が、次へと進む力になります。
この物語が、もっと多くの方に届きますように――。
心からの感謝を込めて。
―― 作者より
女神との戦いから、すでに二日が経っていた。
だが、あの男――名も告げぬままの彼は、一言も発していなかった。
いつものように、背後の棺を鎖で引きずりながら、無言で進み続けていた。
だが、その姿は、どこか違って見えた。
服にはまだ血が乾ききっておらず、
開いた傷はそのままだ。
回復魔法も、ポーションも、何ひとつ使っていない。
アリアはその背を見つめながら、胸の奥に小さな痛みを感じた。
> 「……まさか、治癒の魔法が使えないの?」
「それとも、回復する手段すら持ってないの……?」
その事実が、何よりも辛かった。
彼の名前を、心の中で何度も繰り返した。
> 「……サエル。」
口にしてみた。
囁くように、そっと。
まるで、言葉にすることで彼に少しでも近づける気がした。
> 「……サエル。」
小さな笑みがこぼれる。
こっそり、頬が赤くなる。
そして、勇気を振り絞って尋ねた。
> 「ねえ、どうして名前を教えてくれなかったの?」
彼の足が止まった。
鎖の音も、風の音も、消えた。
ゆっくりと振り返ると、彼はアリアをじっと見つめた。
静かな瞳。だが、冷たさはなかった。
一歩。
また一歩。
アリアとの距離が縮まっていく。
息が触れ合うほど近くに。
> 「……聞かなかったから。」
それだけ言って、彼はまた前を向き、歩き出した。
—
まもなく、空から雨が降り始めた。
冷たく、容赦のない雨だった。
彼は黙って周囲を見渡し、
やがて、岩壁の隙間に小さな洞窟を見つけた。
中に入ると、持っていた火種で焚き火を起こした。
火が灯り、壁に揺れる影が浮かび上がる。
彼は上着を脱ぎ、濡れた衣を絞った。
アリアは反射的に目を逸らしたが――
思わず、目を戻してしまった。
彼の体には、無数の傷跡があった。
深く刻まれた古傷。
今なお開いている新たな傷。
> 「……いくつの戦いを超えてきたんだろう。」
「どれだけ、一人で歩いてきたんだろう……」
—
やがて、彼は焚き火のそばで意識を失った。
アリアは慌てて駆け寄る。
だが、胸が上下している。寝ているだけだった。
彼女は彼を抱えて洞窟の奥へと移動し、風を避けるよう壁にもたれて座る。
そして、彼の頭を膝に乗せて――
ゆっくりと、傷を癒し始めた。
淡い光が、彼の体を包む。
小さな声で、祈るように呟く。
> 「私は……ただの神官だから……
前に出て戦うことなんてできない。
でも、傷を癒して、無事を祈ることはできる。」
彼の髪にそっと触れ、続ける。
> 「それだけしかできないけど……
少しでも、あなたの役に立てるなら……」
> 「欲もなく、目的もなく……
敵も、仲間も求めず……
ただ家へ帰るために歩いてる。
一歩、一歩……まるで……夢の中を進むみたいに。」
—
その時、彼の目がゆっくりと開いた。
アリアの顔が、すぐ目の前にある。
驚いて、彼女の頬が一気に赤くなる。
だが、彼は何も言わずに彼女を見つめ――
静かに口を開いた。
> 「誰も……傷つけたくない。」
「俺には……敵はいない。アリア。」
「誰にも、敵なんて……いないんだ。」
そして、再び目を閉じる。
眠りに戻るその姿は、まるで罪を背負った少年のようだった。
そして彼女は、彼の髪を撫でながら祈った。
> 「いつか……
あなたが本当に、帰るべき場所へ辿り着けますように。」
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