第41章 ― ただ、道を進みたかっただけ
まだ空気には塵が舞い、
戦場の痕跡が辺り一面に残っていた。
木々は裂け、地面は崩れ、
空には星の代わりに、重たい雲が覆っていた。
だがその場には――静寂だけがあった。
—
戦の女神ヴァルサは、男を見つめていた。
彼もまた、血に染まり、傷だらけの体で、じっと彼女を見つめ返していた。
しかし、倒れることはなかった。
一歩も退かずに、そこに立ち尽くしていた。
そして、彼は静かに口を開いた。
> 「お前は、俺の敵か?」
「俺の旅を妨げるつもりか?」
—
ヴァルサは迷いなく答える。
> 「お前の旅に興味はない。
私はこの世界を破壊するために召喚された。
――それが、私の使命。」
男はため息をついた。
その表情には、わずかな哀しみすらあった。
> 「そうか……
じゃあここが――お前の墓になる。」
—
彼は、二本の剣を抜いた。
次の瞬間、激しい連撃がヴァルサを襲う。
彼女は聖なる盾や防御の術式を展開するが、
すべてを防ぎきることはできなかった。
鋭い一撃が腹部を貫き、
彼女は膝をついた。
—
彼は跳躍した。
剣が天へと伸び、光を放つ。
そして、静かに唱える。
> 「崩壊の呪文――テロン・メラール。」
その言葉が空間を震わせる。
光が爆ぜ、夜が昼へと変わる。
—
大地が揺れ、森が吹き飛び、
遠くの空までもがその閃光に染まった。
やがて光が消え、
その場に立っていたのはただ一人。
彼は、崩れたヴァルサの体の上に足を乗せていた。
—
ヴァルサの体は金の粒子となり、風に溶けていく。
彼女は息も絶え絶えに問う。
> 「お前は……いったいどんな……悪魔と契約を……?
これは…あまりにも古く、…あまりにも…深い…
私にもわからない……」
—
そのとき、彼女は見た。
彼の背後に現れた、女の影。
男を後ろから静かに抱きしめ、
そして――笑っていた。
自分を、あざ笑うかのように。
ヴァルサは直感した。
この存在は、理解を超えている。
男は静かに答えた。
> 「俺を……望む場所へ導いてくれる者だ。」
—
それが、ヴァルサの最期の記憶となった。
彼女の体は光となり、完全に消滅した。
—
男は剣を納め、
棺へと歩き、腰に鎖を繋ぎ直す。
そして――
まるで何事もなかったかのように、歩き出した。
—
ジョアナは地に膝をつき、声をかける。
> 「……あの……あなたの名前を……教えて……」
男は一瞬だけ立ち止まり、後ろを振り向いた。
その声は、静かで、穏やかだった。
> 「――サエル・ヴァンデリアン。」
ジョアナはその名を心に刻むように、繰り返した。
> 「……あなたの目的は……この世界で、何を求めているの……?」
男は振り返り、ただ一言だけ告げた。
> 「――家に帰りたいだけだ。」
—
彼は再び前を向き、歩き出す。
その後ろをアリアが黙ってついていく。
やがて、二人の姿は森の中に消えていった。
ジョアナは、その背を見送ることしかできなかった。
> サエル・ヴァンデリアン。
世界は、再び静かになった。
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