第4章 — 火のない街
街は、霧の中から囁くように現れた。
門もなく、城壁もなく、
ただ折れた柱たちが、崩れた空を支えようとする指のように伸びていた。
主人公はその場所の名前を知らなかった。
だが、地面は彼の歩みを覚えていた。
まるで、まだ息づく記憶の上を歩くようだった。
建物は崩れておらず、しかしすべてが傾いていた。
窓にはガラスがなく、ただ空っぽの枠が、眼球を失った眼窩のように彼を見つめていた。
空気には、焼け焦げた石と錆びた鉄の匂いが残っていた。
炎はもう存在しない。
だが、過去の火の温もりだけが、まだ空中をさまよっていた。
狭い路地には、干からびた木々が骨のように立ち並んでいた。
その根元には、錆びた硬貨や壊れた品々が、まるで誰にも届かぬ祈りのように供えられていた。
棺が地面を引きずり、鈍く軋む音を立てる。
死んだ壁にその音が反響し、それは歪んだ祈りのような鎖の声となって広がっていった。
彼は立ち止まった。
疲労からではない。
その場の「形」が、彼の奥底に眠る名もなき痛みを揺さぶったからだ。
割れた階段、黒焦げの柱、
吊るされた鐘は裂けた首のように揺れていた。
そこは、かつて神殿だったのかもしれない。
いつか、誰かの記憶の中で。
「誰か、ここで死んだ。」
それは思考ではなかった。感覚だった。
まるで、場所そのものが彼に語りかけているかのように。
石の崩れる音が遠くで鳴った。
他には、何も動かない。
だが、彼は感じた。
目を持たぬ何かに見られているという確かな気配を。
それでも、彼は歩き続けた。
火を失ったこの街では、
沈黙は、記憶よりはまだ優しかった。