第37章 ― 最後の光、名を持つ祈り
痛みは限界を超えていた。
血は止まらず、腕はなく、
両脚も既に動かなかった。
それでも、エリアスの目だけは――まだ死んでいなかった。
彼の中で、何かが静かに燃えていた。
「……封印が八つも残っていて、あれだけの力……」
呟きは、風に消えた。
ジョアナが呻くように言う。
「エリアス、動くな……もう限界よ……」
エリアスは微笑んだ。
その微笑みは、どこか懐かしさを含んでいた。
—
「彼が覚醒したら……もう、誰も止められない。
エルフも、ドワーフも、人間も……滅びるだけだ。」
「だったら、今しかない。僕が、ここで終わらせる。」
—
ジョアナが目を見開く。
「まさか……あなた、あれを使う気なの?」
—
エリアスは静かに頷いた。
「エルバラトフ――神を地に降ろす、唯一の術式」
「君はまだ……使ったこと、ないよね? ジョアナ。」
ジョアナは、震える手で地を掴む。
「ダメよ……! あなたには早すぎる……!」
—
彼は空を見上げた。
木々の隙間から、夜空の星が静かに瞬いている。
彼の心は、すでに遠くにあった。
孤児院の匂い。
妹の笑顔。
聖騎士として選ばれた日。
憧れだったジョアナの背中。
> 「僕は……もう十分だ。」
—
片膝を立て、詠唱を開始する。
> 「我が名は、エリアス・ヴェレンハルト」
「聖十字第五位の騎士」
「戦の女神ヴァルサよ――我が魂を捧げる」
「この身と引き換えに、地を歩め」
—
空が裂けた。
天から、金色の光が降り注ぐ。
大地が震え、空気が震え、魔法陣が重なって展開されていく。
> エルバラトフ――発動。
—
アリアが叫ぶ。
「やめて……! もう、十分よ……!」
ジョアナは息を飲む。
彼女でさえ、一度も成功しなかった神降ろし――
それを、この少年が成し遂げようとしていた。
—
エリアスの身体が輝きに包まれる。
血が止まり、痛みが遠のく。
しかし、それは安らぎではなかった。
魂が、神に食われていく感覚。
—
最後に彼は、涙をこぼしながら微笑む。
「……ジョアナ、お願いがある」
「妹を……見つけて、守ってやってほしい」
—
その瞬間、
空から女神が降臨した。
長い白銀の髪、戦斧を携えた巨躯。
怒りと慈愛を併せ持つ存在。
> 戦の女神ヴァルサ。
彼女は、主の体から生まれ、
ゆっくりと一歩を踏み出した。
—
そして、彼に目を向けた。
未だ封印された右目のまま、ただ静かに立つ彼に。
—
> 神と人、魂と力の戦いが始まろうとしていた。
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