第36章 ― 解き放たれし戦舞
ジョアナは、血に濡れた地面に立ち尽くしていた。
槍の柄を握る手は震えている。
しかし、その瞳には決意の光が宿っていた。
「……あれが限界なら、まだ間に合う」
「でも――まだ“こちら”も出し切ってない」
隣では、片腕のエリアスが唇を噛んでいる。
「やるのか?」
「命を削ることになるぞ」
ジョアナは頷いた。
—
二人は同時に詠唱を始めた。
> 「デイ・ヴォルンタス・デイ――その名の下に」
「聖十字に選ばれし我、神託の力を解き放つ」
大地が震え、空が軋む。
魔法陣が浮かび上がり、光の柱が二人を包む。
ジョアナの鎧には、黄金の刺繍が浮かび、
槍は雷のような光を帯びた。
エリアスの片腕の先には、浮遊する聖なる文字。
彼の瞳は完全な白に染まり、
神の声を宿した者の姿となる。
—
アリアは、息を呑んで見ていた。
「……これが、聖騎士の“真の姿”……?」
二人の存在感が、彼と並ぶほどに膨れ上がっていた。
それほどまでに、彼らは神に近づいたのだ。
—
彼は、静かに腰の鎖を外した。
地面に落ちた鎖が重く響く。
> 「動く。」
たった一言。
それだけで、世界の空気が変わった。
—
次の瞬間、激突。
ジョアナの雷槍が彼の肩をかすめ、
彼の剣が返すようにジョアナの脇腹を裂いた。
だが、彼女は倒れない。
血を流しながらも、前を向いたまま。
—
エリアスの詠唱が終わり、
空から無数の光の刃が降り注ぐ。
彼はそれを、左右の剣で払いのける。
まるで風を裂くかのように。
—
その戦いは、美しく、残酷だった。
剣と槍が交わり、魔法と祈りが衝突する。
一歩も譲らず、数秒ごとに空が揺れ、
地が割れる。
—
だが――その中で、彼は微かに笑っていた。
疲れも見せず、
痛みも示さず、
ただ“戦っていること”を楽しんでいた。
—
ジョアナの槍が彼の胸をかすめた瞬間、
反撃の剣が彼女の肩を深く斬り裂く。
彼女は呻きながらも倒れず、地に膝をつく。
—
エリアスが前に出る。
「ジョアナ……下がれ!」
彼は最後の魔法を詠唱しようとするが、
その瞬間――彼の片腕が切り落とされた。
「――ッ!」
さらに追撃の一撃が足に走り、
両脚の骨が砕かれた。
地に崩れ落ちるエリアス。
血が溢れ、呼吸が荒れる。
—
ジョアナが叫ぶ。
「エリアス!」
だが、もう立てない。
彼は、確実に“殺さずに”倒していた。
—
アリアが駆け寄る。
「やめて!やめてよ!」
—
彼は、剣を構えたまま彼女を見つめる。
そして静かに言った。
> 「終わった。これ以上は必要ない。」
背を向ける。
再び、棺の方へ歩いていく。
—
その背中を、誰も追えなかった。
ジョアナは、地に伏しながら、
その場でただ涙をこらえるしかなかった。
—
> 「これでも――まだ本気じゃないなんて……」
—




