第35章 ― 剣戯
最初に動いたのは、ジョアナだった。
聖なる炎を纏った槍が、真っ直ぐに彼の胸元を突く。
一瞬の隙もない、完璧な一撃。
だが――
> カン。
彼の剣が、まるでそれが空気であるかのように軌道を逸らした。
動いたのは、ただ手首だけ。
彼自身は、一歩も動いていなかった。
—
次に放たれたのは、エリアスの聖火魔法。
青白く燃える浄化の炎。
罪を焼き尽くす、神の裁き。
だが、彼は剣を軽く横に振っただけで、
炎は霧のように消えた。
—
「……遊んでいる……?」
ジョアナの心に、冷たい理解が広がっていく。
攻撃は続く。
連撃、跳躍、魔法、封印――
だが全てが、無意味だった。
—
彼は剣を振るう。
ただ、それだけ。
足を動かさず。
身体も揺らさず。
ただ、その場に立ち続けながら。
ジョアナの槍が三度も跳ね返され、
エリアスの魔法陣が次々と破壊されていく。
「こんなはずじゃ……!」
エリアスが歯を食いしばる。
—
アリアは遠くからその戦いを見守っていた。
彼女の目に映るのは、あまりにも異常な現実。
> 「彼は、まだ本気を出していない……」
—
ジョアナが跳び、天から突き刺す一撃を放つ。
しかし、彼は視線すら向けずに剣をかざし、
容易く受け止めた。
地面に降りたジョアナの額には、冷や汗が流れていた。
そのとき、彼が口を開いた。
> 「――意味がない。」
低く、冷静な声。
感情がないのではない。
必要がないから、ただ事実を語るのみ。
—
「これ以上続ければ、死ぬ。」
彼の言葉に、空気が凍る。
そして――
ついに彼は、一歩前へ踏み出した。
> ドン。
その一歩で、地面が沈む。
周囲の魔力が一瞬で乱れた。
—
ジョアナは膝をつき、エリアスの結界が砕けた。
アリアが叫ぶ。
「やめて!もう十分よ!
これ以上は……本当に、死ぬ!」
—
彼は剣をおさめた。
右目の封印は、まだ開かれていない。
ただ、静かに言葉を落とす。
> 「戦う必要はない。」
そして背を向け、再び歩き出す。
—
ジョアナは崩れ落ちる。
彼女の心が告げていた。
> 「私たちは、始まりにも届かなかった。」
—




