第34章 ― 審判の始まり
獣の死骸は、まだ温かかった。
だが、それはもはや問題ではなかった。
彼は再び歩き出した。
棺を引きずりながら。
剣は納められ、沈黙をまといながら。
アリアは数歩後ろを歩く。
彼の足取りに合わせ、何も言わずに。
だが、ジョアナはその背を睨みつけていた。
あの目――自分たちを見下ろすような冷たい視線。
まるで、「存在する価値もない」と言われたような。
その瞳は語っていた。
「お前たちは何も変えられない」
「お前たちは脅威ではない」
—
ジョアナは拳を握り締めた。
「……今、ここで終わらせる」
エリアスは驚き、振り返った。
「何を言ってるんだ、ジョアナ。
あいつは化け物だ。
僕たちだけじゃ、無理だ。
――聖騎士団全体を動かさなきゃ。」
だが、ジョアナの決意は揺るがなかった。
「恐れているからこそ、終わらせるのよ。
今、目の前にいるうちに。」
—
そして彼女は、静かに口を開いた。
「アリア・サランディエル。
聖十字の巫女として、命ずる。
あの存在を共に討て。」
アリアは立ち止まった。
焚き火の光がその横顔を照らす。
彼女の瞳は、まっすぐジョアナを見ていた。
「……私はもう、聖十字には属していません。」
「あなたの杖は、まだ祝福を受けている。
あなたの血には、神の印が流れている。
使命を忘れたの?」
—
アリアは一歩、彼の方へと踏み出した。
その背に、鎖と棺を背負う男。
何も語らない、何も否定しない。
「彼は……人を無意味に殺さない。
目的がある。
ただ、それだけ。」
—
ジョアナは唇を噛み、静かに言った。
「それでも……あの力を放置すれば、
いつかこの世界が滅ぶ。」
アリアは振り返った。
その表情は決意に満ちていた。
「――なら、私は彼と共に滅ぶ。」
—
空気が凍りついた。
そして、鎖が止まる音がした。
彼が立ち止まったのだ。
振り返らず、だが、明らかに聞いていた。
エリアスはため息をつきながら、魔法陣を展開する。
「仕方ないか……やるしかない。」
ジョアナは槍を構えた。
アリアは両腕を広げ、魔力の防御を展開した。
—
> 審判は始まった。
—
風が吹いた。
木々が震えた。
だが、彼はただ、静かに二振りの剣を抜いた。
右目の封印は、まだ閉じたまま。
それでも、周囲の空気は戦場へと変わっていった。
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