第33章 ― 一振りの剣で
獣が咆哮した。
その肉体は不自然に膨れ、六つの目があらゆる方向に揺れていた。
ただの怒りではない。
それは、世界そのものに対する敵意だった。
だが、彼は動かない。
微動だにしない。
ジョアナはその姿を見据え、構えを取った。
エリアスは既に三つの魔法陣を展開していた。
「……戦う気があるのか?」
ジョアナが呟く。
だが次の瞬間、彼はただ――
一歩、前に出た。
地面がわずかに沈む。
その一歩には、重力をねじ伏せるような力があった。
そして、
彼はゆっくりと背中の剣を抜いた。
無骨な刃。
光もなければ、紋様もない。
ただ、使い込まれた一振り。
> 彼はそれを、
ただ、横に振った。
—
空気が震えた。
魔力の揺らぎではない。
呪文の残響でもない。
現実そのものが、揺れた。
獣はその場に立ち尽くした。
動かない。
しばしの沈黙の後――
体が裂けた。
右肩から左脇腹にかけて、
まるで紙が破れるように、真っ直ぐに。
血は流れなかった。
既に、生命が絶たれていた。
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ジョアナは目を見開いた。
エリアスは呆然と呟いた。
「……今のは……何だ……?」
—
彼は、剣を背に戻す。
どこにも、焦りも、怒りも、ない。
ただ静かに、鎖を引いて再び歩き始めた。
アリアがすぐに後を追う。
彼女は一瞬、振り返る。
その青い瞳が、ジョアナとエリアスを見た。
「これ以上、近づかないで」
言葉にはしなかったが、
その視線がすべてを語っていた。
—
ジョアナは動けなかった。
ただその背を見つめていた。
> 「魔法も、印も使わず……
ただの一撃で……」
—
エリアスは震えながら言う。
「……あれが、“刻まれし者”の力……?
いや、それ以上だ……」
ジョアナは言葉を失っていた。
> 「まだ封印されたままの右目……
もし、あれが解放されたら――
誰が止められる?」
風が、再び吹き始めた。
静寂の中、ただ鎖の音だけが響いた。
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