第27章 ― 第一時代の残響
森は深かった。
木漏れ日は地面に届かず、風すらも何かを恐れるように静かに吹いていた。
そこは、世界の記憶が眠る場所だった。
ジョアナは歩みを止め、古木の幹に触れた。
そこには、すでにかすれて読めないエルフ語の刻印が残っていた。
「ジョアナ」
イーリアスが声をかける。
「聞いてもいいですか……“刻まれし者”は、一体どこから来たのですか?」
ジョアナは立ち止まり、しばらく答えなかった。
それは説明ではなく、「思い出す」ことを必要とする問いだった。
「聖十字ができる遥か昔……
封印も契約もまだ存在しなかった時代があった。
その時、世界にはただ——戦争があった」
彼女は倒木の根元に腰を下ろし、イーリアスにも座るように促した。
「その時代、世界には三つの種族がいた。
人間、エルフ、そしてドワーフ。
三つの視点、三つの力、三つの滅び方」
「彼らは戦っていたのですか?」
「常に、戦っていたわ」
> 「エルフは天性の魔術師だった。
彼らは豊富なマナを持ち、自然と一体となって高位の魔法を操る。
軍を一瞬で焼き払うことも、森全体を癒すことも可能だった」
> 「ドワーフは壁だった。
彼らの皮膚は炎に耐え、彼らの武器は生きたルーンで鍛えられていた。
その一振りには魔法以上の意味が宿っていた」
ジョアナは、イーリアスをまっすぐ見た。
「そして人間は——弱かった。
マナも少なく、寿命も短い。
詠唱を終える前に、戦場で死ぬのが普通だった」
イーリアスは視線を落とした。
「でも、人間には他の種族にないものがあった」
「……それは何ですか?」
ジョアナは静かに答えた。
「絶望。
そして、絶望は“夢を見る”」
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「生き延びるために、人間たちは悪魔と契約を結ぼうとした」
「けれど、悪魔は従わない。服従しない。
彼らは——喰らう」
「失敗だったのですね」
「完全な失敗ではなかった」
「人間たちは、制御はできなくても、“封じる”方法を見つけたの」
「悪魔を、人間の中に……?」
「そう。
悪魔の力を持ちながら、人間の理性と誇りを保つ兵士——それが“刻まれし者”の始まり」
「信念を持ったまま、超越した力を振るう存在……」
「そう。
無限のマナ、不死に近い耐久、そして絶えぬ戦意。
最初の彼らは、英雄だった」
「でも……どうして今は?」
ジョアナは森の奥を見つめながら答えた。
「時間と共に、封印は弱まり、
悪魔は目を覚まし始めた。
そして、目覚めたとき……人間も、悪魔も、もうそこにはいない」
「……残るのは?」
「ただの——崩壊よ」
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遠くで、カラスが一声鳴いた。
ジョアナは立ち上がり、鎧の埃を払った。
「だから、目覚める前に止めなければならないの。
それは、選択でも、正義でもない。
必要なのよ」
イーリアスは言葉なくうなずいた。
静かに、そして重く彼女の後を追った。
今、彼は心から願っていた。
——自分たちの勘違いであってくれと。
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