表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/65

第26章 ― 名もなき影

北から風が吹いていた。

そして風は、滅びの匂いを運んでいた。


ジョアナとイーリアスは、アーヴォルンの乾いた丘を進んでいた。

その土地は呼吸しているように見えた——

まるで、何かが地中に潜み、目覚めを待っているかのように。


空は晴れていたが、太陽の光すらこの地を避けているようだった。


「魔力の濃度……限界を超えています」

イーリアスはグリモアを確認しながら言った。

「空気が裂けているみたいだ。何かが存在しないはずの空間を……押し広げてる」


ジョアナは頷いた。


それは当然だった。

世界が変わる時、そこには常に——


“刻まれし者”の存在がある。


「今まで確認されたのは十体。

十の名なき存在。十の生ける裂け目。

彼らは神にすら裁かれず、ただ歩くだけで均衡を壊す」


「けど、どうして? 何のために……?」


ジョアナは静かに言った。


「目的などない。

彼らはただ**“在る”**だけ。

それだけで世界は悲鳴を上げる」


「……じゃあ、これは一体何なんですか?」


「恐らく、“何か大きなものの残響”……

あるいは、世界が忘れようとしない罪の残骸」


イーリアスは唇を噛んだ。

「もし本当に十一体目が存在するなら……」


「それは、封印が弱まり始めた証。

世界と世界の間の契約が裂け始めているのよ」


彼女の声は冷たくも明確だった。


「そしてそれが、もし十体目よりも強ければ……

我らの持つ全ての力でも抑えきれないかもしれない」


丘の上に馬を止めた。

眼下には濃い霧に包まれた谷が広がっていた。


——谷は、沈んでいた。


「彼を……見つけなければ」

イーリアスの声には決意があった。


「いいえ」

「見つけ出す前に、“それ”が自分を思い出す前に、消さなければならない」



---


彼らは、ねじれた木々の中に野営を張った。

その夜、ジョアナは夢を見た。


鎖が千切れる音。

そして、霧の向こうに赤い瞳。

それは人間のように見えた。だが、同時に“生者”とは思えない目だった。



---


夜が明けると、彼らは追跡用の聖印を地面に埋めた。


聖十字の紋章が白く光り出したが、

すぐにその輪郭が内側から裂かれ、闇に飲まれた。


空気の中に、確かな“存在”があった。

それはまだ弱い。けれど、確実に近づいていた。


「近い……」

イーリアスの手が震えた。


ジョアナはすでに槍を手にしていた。


「他の“刻まれし者”とは違う」

「これは……構造がある。沈黙がある」

「まるで、“見つかりたくない”かのように……」



---


遠く、岩山の上に一人の影が立っていた。


黒い髪。

腰には鎖。

背には焦げた棺。


その瞳は、疲れ切っているようでいて、静かだった。


彼は彼らを見ていた。

そして、静かに背を向け、別の道へと歩き出した。


まるで、誰にも見つからぬように。

あるいは——

見つかったとき、世界が変わることを知っている者のように。



---


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ