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第24章 ― 昨日の灰と、今日の歯車

森は静かだった。


だがそれは、危険の静けさではない。

目に見えぬ廃墟が残す、記憶の静けさ。

枝葉の間に過去の声がまだささやいているような、そんな沈黙だった。


ジョアナは苔むした岩に腰を下ろしていた。

兜は傍らに置かれ、長い金の三つ編みが肩から胸元にかけて垂れていた。


近くでイーリアスが警戒していたが、やがて彼も腰を下ろす。

この静けさが長く続かないことを、二人とも分かっていた。


「ジョアナ…」

「ん?」

「ブリアセンで見たあの紋章。陪審団のギルドって……本当に、書物にあるような存在だったんですか?」


ジョアナは息を深く吸い込んだ。

その問いには、いくつもの時代が詰まっていた。


「ええ。

書かれている通り、そして——書かれていないほどに、危険でもあった」


彼女は地面の小石を一つ拾い、指先で転がしながら語り始めた。


「聖十字が統一される前、この大陸は自律したギルドたちによって統治されていた。

都市、国境、交易路……すべて、ギルドによって守られ、時には支配されていた。

彼らは『自由なる七十の剣』と呼ばれていた」


「七十も……?」

イーリアスの目が見開かれる。


「小規模のものは一族や血統で構成されていた。

でも大規模なギルドは、まるで正義を装った帝国だったのよ。

陪審団のギルドは、冒険者、貴族、魔術師を裁く者たち。

王ですら、彼らの前では罪人だった」


「……誰が彼らを制御していたんです?」


ジョアナはわずかに苦笑を浮かべた。


「誰もしていなかった。

それが、彼らの終焉の始まりだった。

ギルド同士は争い、条約を破り、民から"保護税"を取り、

やがて……魔族と取引するようになった者もいた」


彼女は石を指から滑らせ、地面に落とした。


「聖十字が大陸を統一したとき、信仰と共に再編が始まった。

信仰に適した十二のギルドだけが残され、他は——粛清された」


イーリアスは静かに考え込んだ。


「……じゃあ、今のギルドは?」


ジョアナは南の方角を指さした。

その先に都市の尖塔が見えるような口ぶりだった。


「今あるギルドは、聖十字の監督下にある。

かつてのように統治することはなく、今はただ——仕えるのみ」


「仕える、ですか?」


「依頼を受けて魔物を討伐し、護衛や救助も請け負う。

雇用を生み、地域を安定させ、民に生活をもたらす。

……教会はすべての場所に届かない。

そして祈りには、限界がある」


「今のギルドは……道具みたいなものですか?」


「そうね。

でも、その道具は正しく使えば、機能する。

民の生活、戦士の育成、知識の伝達——

そして、過ちを犯せば即座に入れ替えられる」


空を見上げるジョアナ。

木々の隙間から、夕暮れの光がこぼれていた。


「完璧な仕組みではない。

でもかつてのように、正義が疲れた剣に委ねられていた時代よりは、遥かにましよ」


イーリアスはしばらく黙っていた。

やがて、静かに笑った。


「……それでも僕たちは、誰も行きたがらない場所に送られるんですね」


「それは——我らが、魔物と交渉しない者たちだからよ」

「私たちは、裁くの」



---


森の奥。

一本の木の上から、カラスが二人を見下ろしていた。


その瞳は、この森のものではない、別の何かを映していた。

空に浮かぶ鎖のような、異質な気配。



---


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