表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/65

第23章 ― 声が残る場所で

ブリアセンの街は、まるで過去の残響だった。


信仰と執念で支えられた廃墟。

崩れた壁に苔が這い、倒れかけた塔は誇りだけで立ち続けていた。


ジョアナとイーリアスが到着したのは、ちょうど夕暮れ時。

空が赤かったのは、夕日ではなく——

休むことのない炉の煙が空を染めていたからだった。


「見て」

ジョアナが壁に描かれた印を指差した。

三本の剣が輪の中に交差する。


「陪審団のギルドの残党よ」


かつてこのギルドは正義を掲げ、

今はただ、命を繋ぐだけの存在となっていた。


門を越えた瞬間、無数の視線が二人を刺した。


兵装を整えた男たち、刃物を研ぐ女たち、

そして、希望を知らぬ子供たちの眼差し。


ジョアナの鎧は、煤の中でもなお光を放っていた。

だが、それがもたらしたのは畏敬ではなく——

警戒と、恐怖だった。


その中から一人の男が歩み寄る。

白髪の大男。背には斧。

そして、その瞳には火が消えていた。


「聖騎士か……ようやく来たか。で、残りの火を消しに来たのか?」


ジョアナは馬から降り、落ち着いた声で答えた。


「聞くために来た。必要であれば、灰を増やさぬために」


男は乾いた笑いをこぼした。


「もう灰が十分じゃないか?」


彼らは案内され、かつての酒場だった場所へ。

今は、集会所のように使われていた。


道中には、割れた神像、祭壇を倉庫にした建物、

そして、血の匂いを隠しきれない空気。


「俺たちはかつて、裏切り者を狩る者だった」

男は語り始めた。

「だが今は、瓦礫に潜む鼠を狩るだけの存在さ」


「何か……異常なものを見たか?」

イーリアスが問う。


男は窓の外を見つめた。


「三日前、空が数分だけ黒くなった。

鐘も太鼓も鳴らず、魔物の吠え声すらなかったのに……城壁が震えた。

そして、全てが静かになった」


「何が原因だと?」


男は低く答えた。


「見えなかった。

だが——空に浮かぶ鎖の音が聞こえたんだ。

地を這うものじゃない。

まるで……空そのものが繋がれていくような音だった」


ジョアナは、ほんの少し拳を握りしめた。


「誰も町の外には出ていない。

だが……中央の井戸が干上がった。

しかも、水が消える前に沸騰したんだ」


「……彼がここを通った」

イーリアスが呟く。


ジョアナは静かにうなずいた。


出発の前、ジョアナは石の壁に指で印を描いた。


> 「正義が届かぬ地にこそ、証言が残るべきである」




二人が再び馬に乗ったその時——

空が、夜でもないのに、暗くなり始めていた。


何かが近づいていた。



遠く離れた地下のどこかで、

何かが息をしていた。


それには目がなかった。

声もなかった。


あったのは、溜め込まれた憎悪だけ。


そして——古びた岩を叩く鎖の音が、確かに響いていた。



---

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ