表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/65

第21章 ― 祈りの間に響く音

空は灰色だった。

嵐の兆しではない。

——それは、喪失の空。


ジョアナは静かに馬を進めていた。

焦げた森の中、立ち枯れた木々が、告白されなかった罪を囁くように揺れていた。


「ずいぶんと黙っていますね、ジョアナ様」


後ろから、若い声が届いた。


短いたてがみを持つ軽装の馬に乗っていたのは、一人の若き騎士。

イーリアス・マーネン。

聖十字に選ばれし十二聖剣の中で、最も新しくその名を刻まれた男。


彼は真面目で、規律を守る者だった。

だが、その信仰は、まだ炎によって試されたことがなかった。


ジョアナはすぐには応えず、馬上から地面を見つめていた。

灰の層。魔力の歪み。

——そして、言葉では説明できない違和感。


「イーリアス。あなたには、何が見える?」


イーリアスは喉を鳴らし、慎重に答えた。


「痕跡…ですが、よく知る魔力ではありません。

聖でもなく、邪でもない。空虚。

まるで、存在そのものが削られているような感覚です」


ジョアナはわずかにうなずいた。


「それは、“導かれぬ刻まれし者”が目覚めたときに起こる現象。

鎖が断たれ、魂が音もなく血を流し始めるの」


イーリアスは視線をそらした。

そして、問いを口にする。


「まだ…救えると思いますか?」


「いいえ」

ジョアナは迷いなく答えた。

「だが、理解することはできるかもしれない。

それができなければ——止めるしかない」


再び沈黙が落ちる。

だがそれは、先ほどまでの静寂とは違った。

今やそれは、祝福を待つ祈りのような、張り詰めた空気だった。


干上がった川の跡を渡る。

かつて水が流れていたその場所は、いまやただの焦げた大地。


石の間から顔を覗かせていた一本の焼けた花に、ジョアナは馬を降り、手を伸ばした。

手袋越しにそっと触れ、祈る。


「この地に、再び平穏の記憶が残りますように。

たとえ鉄による裁きが訪れようとも」


イーリアスは黙って見つめていた。

すべてを理解できていたわけではなかった。

——だが、彼女への敬意はあった。


ふたたび馬に乗り、二人は進む。


そのとき、風が何かを運んできた。


古く、忘れられた言葉のような気配。

そして遠くで——

未完成の封印が、乾いた音を立てて砕けた。


誰かが、あるいは何かが、

——彼らを待っていた。



---


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ