第21章 ― 祈りの間に響く音
空は灰色だった。
嵐の兆しではない。
——それは、喪失の空。
ジョアナは静かに馬を進めていた。
焦げた森の中、立ち枯れた木々が、告白されなかった罪を囁くように揺れていた。
「ずいぶんと黙っていますね、ジョアナ様」
後ろから、若い声が届いた。
短いたてがみを持つ軽装の馬に乗っていたのは、一人の若き騎士。
イーリアス・マーネン。
聖十字に選ばれし十二聖剣の中で、最も新しくその名を刻まれた男。
彼は真面目で、規律を守る者だった。
だが、その信仰は、まだ炎によって試されたことがなかった。
ジョアナはすぐには応えず、馬上から地面を見つめていた。
灰の層。魔力の歪み。
——そして、言葉では説明できない違和感。
「イーリアス。あなたには、何が見える?」
イーリアスは喉を鳴らし、慎重に答えた。
「痕跡…ですが、よく知る魔力ではありません。
聖でもなく、邪でもない。空虚。
まるで、存在そのものが削られているような感覚です」
ジョアナはわずかにうなずいた。
「それは、“導かれぬ刻まれし者”が目覚めたときに起こる現象。
鎖が断たれ、魂が音もなく血を流し始めるの」
イーリアスは視線をそらした。
そして、問いを口にする。
「まだ…救えると思いますか?」
「いいえ」
ジョアナは迷いなく答えた。
「だが、理解することはできるかもしれない。
それができなければ——止めるしかない」
再び沈黙が落ちる。
だがそれは、先ほどまでの静寂とは違った。
今やそれは、祝福を待つ祈りのような、張り詰めた空気だった。
干上がった川の跡を渡る。
かつて水が流れていたその場所は、いまやただの焦げた大地。
石の間から顔を覗かせていた一本の焼けた花に、ジョアナは馬を降り、手を伸ばした。
手袋越しにそっと触れ、祈る。
「この地に、再び平穏の記憶が残りますように。
たとえ鉄による裁きが訪れようとも」
イーリアスは黙って見つめていた。
すべてを理解できていたわけではなかった。
——だが、彼女への敬意はあった。
ふたたび馬に乗り、二人は進む。
そのとき、風が何かを運んできた。
古く、忘れられた言葉のような気配。
そして遠くで——
未完成の封印が、乾いた音を立てて砕けた。
誰かが、あるいは何かが、
——彼らを待っていた。
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