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第2章 — 風の吹かぬ場所
鳥の声も、虫の音もなかった。
囁きさえもなかった。
あるのは、鎖の音だけ。
一歩進むごとに、金属の擦れる音が響く。まるで、廃れた神殿の鈴のように。
少年は思い出そうとしていた。
重さを感じる前のことを。
木の中から囁く声の前を。
自分が選んだのか、強いられたのか分からぬ契約の前を。
記憶は割れたガラスの上を歩くようなものだった。
拾おうとすれば、血が滲んでくる。
少年が知っていることは、三つだけだった。
棺を開けてはならない。
棺は自分に繋がれている。
そして、その中の「何か」は、こちらを見ている。
「まだ歩いているのね…?」
女の声がした。遠く、壁の向こうから聞こえるような響き。
少年は答えなかった。
傲慢だからではない。
話すことを、もう忘れてしまったのかもしれないのだ。