第12章 — 石の道、心の距離
太陽は残酷ではなかった。
だが、優しくもなかった。
それはこの世界と同じく、無関心だった。
見つめ、焼き、そして過ぎ去っていく——後悔も、目的もなく。
乾いた石の道は永遠に続くように見えた。
音はなく、ただ鎖の擦れる音と風のため息だけが漂っていた。
主人公の足音は、古びた門が軋むような音を立てていた。
老人はアーリアの隣を歩きながら、ときおり前方の男に視線を向けていた。
「暑くはないのか?」
老人が尋ねた。
「たぶん、感じていても表に出さないのだと思います」
アーリアが答えた。
「彼が引きずる重みは……外にあるものではなく、内にあるものです」
老人は頷きながら、低く呟いた。
「あんなにも壊れていながら、まだ歩いているとはな……」
突然、主人公が足を止めた。
風も同時に止まり、空気が張り詰める。
彼は朽ちた石碑を見つめていた。
表面には、ほとんど消えかけた古代の印が刻まれていた。
「この印、わかるか?」
老人が訊ねた。
アーリアは歩み寄り、指先で文字をなぞった。
「これは……かつての霊的な守りの印。
でも、もう力はない。まるで、何かに奪われたように静かです」
主人公は膝をつき、碑に手を置いた。
目は震えず、だが周囲の空気が一瞬で冷たくなった。
「彼の中で何かが反応しているな」
老人が言った。
「だが、それは記憶ではなく……呼び声のようだ。本人すら理解できぬものに呼ばれている」
アーリアは静かに見つめていた。
「たぶん彼の中に残っているのは、記憶じゃない。
ただの“残響”……誰かだった頃の、名残」
やがて主人公は立ち上がった。
鎖が乾いた地面を引きずり、音を立てる。
再び歩き出した三人。
老人はふと、アーリアと棺の間にある小さな距離に気づいた。
— 離れている。だが、避けているわけではない。 まるで……畏敬のような距離だ。
「信仰はあるのか?」
老人がアーリアに尋ねた。
「あります。でも、建物や制度ではなく……人そのものに」
彼女は穏やかに答えた。
「人間の中にまだ残る、小さな光に」
老人は笑った。
「そして今、おぬしは“人間”と呼ぶには遠すぎる存在と共に歩いている」
「だからこそです」
アーリアの声に迷いはなかった。
「彼は、かつての自分を演じようとしない。
ただ、黙って前に進んでいる」
老人は前を見つめた。
空は明るかった。
それでも、風には何かが混じっていた——まるで、道そのものが警告しているように。