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page9 地獄の沙汰も人次第ってことで

「なるほどね。そういう経緯で薙刀を壊したと」


「俺じゃねえ、穂村(アイツ)が炭にしちまったんだ」


穂村の地雷除去に付き合わされた翌日、俺は武器屋の前で頭を下げていた。

理由は簡単。不本意とはいえローン完済前の薙刀を真っ黒焦げにしてしまった謝罪と、新しい武器を作ってもらおうと依頼を兼ねている。


あの後穂村には謝罪をしてもらったが、貰ったのはわずかな賠償金だけ。

一応これで完済はできたのだが、また新しいのが必要になってしまっては本末転倒もいいところだ。

まあ、謝罪を貰っただけでも良しとしよう。


「まぁ、アレは結構前に作った試作品みたいなもんだしな。耐久性はしょうがない」


「え、そうなん?」


「元々武器は俺の自宅にあったものを持ってきただけでね。自分でも何か作りたくて、試しに作ってみたら案外出来が良かったから陳列していたのさ」


「俺はずっと試作品で戦っていたのかよ......」


そもそも薙刀というのは素人に作れるものなのだろうか。

鋼から作るのであれば無理だろうが、既製品の寄せ集めであれば案外簡単に作れてしまうのかもしれない。


このご時世で気にしてなかったが、思えば彼はこの武器たちをどこで調達してきたのだろうか。

流石に路上で、という量ではないし、ひょっとすると彼は結構グレーな立場に身を置いていたのかもしれない。

この世界の法律がどうだったのかは分からないが。


「アンタ何者なんだ?」


「そりゃお前にもブーメランだろ。とにかく、新しいのが欲しいなら俺の依頼を受けてくれや」


深く帽子を被ったその姿は怪しいが、言動や仕草に反社の面影は見当たらない。

ゾンビが出没する前なら、自身の身内がやっていた犯罪に無頓着なのは仕方ないのかもしれないが。

とはいえ、これ以上追及するのも失礼だろう。


「おう。材料集めか? それとも資金集め?」


「材料だな。この紙に書いてあるのを集めてきてくれ」



★★★



「そういうわけで、手伝ってくれ」


「いいよ」


武器屋がいる武道場を出たら、ちょうど日陰で暇そうにココアを啜っている白珠がいたので誘ってみた。

どうでもいい話だが、前日のリンゴはここでの栽培品、ココア粉末は政府からの配給品だ。

政府も初期の壊滅状態から随分と持ち直したらしい。


「何集めるの?」


「えーと...刃二枚にとポリエチレン、アルミニウムにネジ式ジョイントか......最後のはなんだ?」


ポリエチレンとかアルミニウムとか、この基地にそんなものが余っているのだろうか。

最後のに至ってはまず何なのか分からないし。

刃二枚ってのもおかしい気がする。一枚で十分ではないのだろうか?


「エンジニア室に行けばあるかも」


「エンジニア室って......体育倉庫だっけか?」


白珠がこくりと頷き、運動場を挟んだ向こう側を指さした。

視線を向けると、確かに一つ小屋らしきものが建っている。そして周りに色んな機会が煙を立てているのも見える。

あれがエンジニア室で間違いなさそうだ。


「すぐ着くな。アポ入れなくても大丈夫か」


「電話無いのにどうやって入れるの?」


なんでこいつは電話の存在を知ってるんだと思いつつも、気にせず運動場を駆け抜ける。

運動場は子供の遊び場として使われてるらしいが、こんなご時世で子供なんて作る余裕がある人の方が珍しい。なので基本誰もいない。

ちなみに子供の数は把握してないが、白珠に聞いたところ『基地人口の百分の一』だと。


「お邪魔しまーす」


鉄のドアをガチャリと開けると、中から鉄と油の香りが強く漂ってきた。

換気性が悪いようだが、中にいる八人のエンジニアたちは皆気にもせず黙々と作業を続けている。


「お、客人とは珍しいな」


椅子で水を飲んでいた女性が立ち上がり、俺達と気さくな挨拶を交わす。

赤い帽子を反対向きに被り、油の匂いが染みついたツナギを着ている。身長も俺と同じくらいあり、見た目も相まってかなりボーイッシュな女性だ。


「私は早川(はやかわ)留美(るみ)。ここのエンジニアやってる」


「早川さんは私達より一つ年上でね。こう見えて凄いエンジニアなの」


こう見えては余計だ、と白珠の肩をどつきながらも、彼女の表情は柔らかい。

二人は絡みからして、今までそれなりに交流があったようだ。


「アンタは......確か藤堂を倒したんだっけ」


「黒金っす。知ってるんすね」


「見てたしね。あんときはびっくりしたよ。まさか年下の新人があの中二病を倒すなんてね」


どうやら調達者(プロキュラー)の中でも強さがある程度知れ渡っているらしく、

矢田、藤堂、穂村、荒川、白珠、最上川

の順らしい。(左から降順)


勿論その人同士の相性や体調、ポジションの違いなどで差はあるが、基本はこの強さ順だと基地の住民たちにも認知されている。

そんな中で、ぽっと出の新人がナンバー2を倒したものだからここまで広く知れ渡ったらしい。

白珠によると掲示板にも載ったとか。


「心が痛い......」


「まーアンタらにしかわかんない事情もあるだろうから深くは言わん。んで、用件は?」


「......ここに買いてあるものが欲しい」


差し出した紙を早川がひったくるようにして掴み、書かれている材料を一瞥する。


「どれもあるな。譲ってあげるよ」


「マジすか!?」


アルミニウムなどはあるだろうが、まさかここまであっさり言ってくれるとは。

しかも全部くれるだと? エンジニアは変人が多いって隣にいる銀髪から聞かされてたが、そうでもないらしい。

とても気前の良くていい人たちじゃないか。


「ただし、ちゃんと金は払ってもらう。全部合わせて五万円」


「......白珠、金貸してくれ」


「そんなお金は無い!」


この世界では物価も結構高いようで、例えば梅おにぎり一個が六百円もする。高いときは千円。

俺のいた世界は二百円で高いとギャーギャー騒がれてたから、その差は歴然だ。

なので、ここでの五万円は一か月分の給料ほどに値する。勿論払えはしない。


「後払いってのは...?」


「いつ死ぬか分からんこの世界で貸し借りなんて自殺行為だよ。調達者(プロキュラー)なら特にね」


死と隣り合わせの世界で金の貸し借りを受け入れる人なんてそりゃあ少ないだろう。

この基地に貸金業が存在しないのも()()()()()()だ。


「あ、そうだ。今から手伝いしてくれるならタダであげてもいいよ」


「まじで!? やります!」


「......黒金君、貴方ほんとに気を付けてね......?」



★★★



体育倉庫から出て右にある、部室の集合体。二階建てのアパートみたいになっている。

元々は陸上部やハンドボール部が荷物置きのように使っていたらしい。

そして、それの隅に置いてある何か。


「この前、ウチらにバイク持ち込んできたじゃん?」


「ああ、調整してほしいって言ったな」


金をとられるかと思ったが、その辺は一緒だった最上川さんが九割出してくれた。

実力は心もとなくても、彼の性格には心惹かれるものがある。

どっかの爆弾魔とは大違いだ。


「ある程度完成したからね。試しに乗ってみてほしいんだ」


早川が灰色の布を剥ぎ取ると、中から二輪バイクが顔を出した。

最上川さんとの出撃時に見つけたような傷や汚れもバッチリ直されており、まるで新品のように見える。


「すげえ......」


「燃料は太陽光でね。前と後ろにソーラーパネルがついてるだろ? 一日陽に浴びせて七十キロくらいだから燃費は悪いがな」


そっとバイクに跨り、ミラーを調整。

左足でギアを一速に入れ、ゆっくりアクセルを捻りつつ、走行を開始する。

ブレーキを徐々に離し、アクセルを微調整しつつ速度に慣れていく。


「おー、ちゃんと走れる」


今回は運動場を控えめに走るだけとはいえ、それでも普通は味わえない風を生身で体験できた。

ほのかに暖かい風が心地よい。

二週ほどグラウンドを走った後、アクセルを戻して徐々に停止する。


「途中で爆発しないかとひやひやしたけど、杞憂だったようで良かった」


早川が、持っていた水筒の水を注いで手渡してくれた。

良く冷えていて美味い。


「そういうのは事後申告じゃダメだろ」


「でも、黒金君かっこよかったよ」


ヘルメットをエンジニア室から持ってきた白珠が、ひょっこりと顔を出す。

......何が『でも』なんだ?


「私も乗りたい」


「え、お前免許持ってんの?」


白珠による藪から棒の発言に、思わず動揺が隠せない。

俺と同い年ならギリギリ免許は取得できるが、それは生前の世界での話。

免許センターが崩壊してるこの世界でとれるものなのだろうか。


「もってないけど?」


「練習か? 修理してもらったモノだから丁寧に扱わないと......」


「いや、黒金君の後ろに乗るんだけど?」


しばらくの沈黙が流れた後、最初にそれを破ったのは早川の爆笑だった。


「ぷっ......あははははは!! ラブラブでいいじゃん! アンタ乗せてやれよ!!」


笑い涙を拭いながら、彼女は俺の肩をバシバシと叩いた。痛い。

というか、白珠って結構異性間の距離おかしいよな。付き合ってもいないのにそういう事するやついねーだろ......。


「はい、お邪魔しまーす」


俺の返事も待たずに、白珠は俺の後ろに飛び乗った。


「乗りたいなら俺の肩か腰掴んでろ」


「えっ......恥ずかしい」


「じゃあなんで乗りたいとかほざいたんですかね......」


流石に冗談だったようで、しっかりと俺の腰に手をまわし、ベルトのように掴む。

その小さな手が妙にくすぐったくて、思わずバイクを急発進させてしまった。


「おーっ、速くて風が気持ちいいね」


ただグラウンドを緩く走っているだけなのに、白珠が大げさな歓声をあげる。

他人事のはずなのに、自分が褒められたような気がしてむず痒い。


「なぁ、白珠。お前はここに来るまでに何をしてたんだ?」


ふと気になったのは、白珠が基地に入る前のこと。

彼女が基地に入ったのは約三年前。ならばそれ以前はどうしていたのか。

別の基地にいたか、一人で旅をしていたか、それとも—————。


「んーとね、人を探してた。ずっと昔に助けてもらって、お礼を言いたかった人」


こんな酔狂な世界で人探し?

生きてるかどうかすら分からないのに?


結局会えたのか、という疑問はあえて聞かないことにした。

そんなこと聞いても何も起こらないし、彼女の幸せそうな表情を曇らせたくなかったからだ。


「......変わってんな」


「それはお互い様でしょ?」


いや、俺は神に無理やりこの世界に連れてこられただけなんだが......。


そういえば、神は俺をどういう意図でこの世界に連れてきたのだろう。

当時の言い方的に罰というわけではなさそうだし、かといって褒美という感じでもない。

何か目的があったのか、それとも俺はただのピエロ代わりか。

どうせなら、もういちど神に会って真意を聞いてみるのも悪くない。


「そうだ、変わり者同士なんだから、貴方が今何を思ってるのか当ててあげる」


「おう、いいぞ」


「私が背中に当ててるおっぱいのことばっか考えてる」


「おう、正解でいいぞ」


真面目にやれ、と白珠が後ろで暴れる。

つられて蛇行運転をしながら空を見上げると、そこに飛行機雲があったような気がした。

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