page8 芸術は爆発?
「はぁ......」
「まだ落ち込んでるの?」
晴れた昼下がりの屋上。
たいして甘くもないリンゴを齧りながら、俺と白珠は見張りをしていた。
俺が落ち込んでいる理由は言うまでもなく、藤堂の事だ。
あれから何度も基地中を探し回ったが、この一週間で見つけられたのはたったの二回。
そのいずれも、藤堂が一方的に会話を打ち切って終わり。
一体どこで何をして暮らしているのか、ボスに聞いても分からないらしい。
「あの人よく調達者やれるな......どうやって指令受けてんだよ」
「もしかして、口頭からしか伝達手段無いと思ってる?」
「え、違うん?」
「職員室に掲示板あるじゃん」
校内放送などを行ってるのが二階の放送室。それと唯一直通してるのが職員室。
そしてその職員室の外に、掲示板があるらしい。
基本掲示されてるのは基地内であった事件や落とし物報告、ゾンビの動向に調達者の招集と簡易指令、依頼やライブ日程に、一か月の食堂の献立。
様々な情報がここを起点に流れていくので、住民にとっての重要度は高い。
「知らんかった......」
「私からしか情報無かったの......?」
白珠が心配そうに俺の顔を覗き込むも、図星だから目線を逸らすしかない。
あとこいつ顔綺麗だな......。
「あ、黒金君。そういえば貴方明日出撃だって。穂村さんと二人で」
「穂村......確か最初の出撃で爆弾投げてたやつだよな」
辺り一面を爆発で粉々にしながら芸術がどうたら~と言っていたやつだ。
背が小さくて幼い顔つきのわりに性格が危なく、狂犬という印象が強い。
「俺生きて帰れるかな?」
「大丈夫でしょ。あの人冷静な狂戦士だし」
「そういうのが一番怖えーよ」
★★★
「くくく......おまえにも芸術を見せてやろう」
「そっすか」
今回の目的はゾンビの殲滅。
とはいっても集まってるのは数匹で、ボス曰く『危険な穂村を出すほどではない』とのこと。ボスにも危険な存在として扱われているらしい。
では、なぜここにその穂村がいるのか。
「最近は出撃が少なくてストレスが溜まってよぉ、ようやくこの時が来たぜ!」
こういう事。
要するに、彼のストレス発散の付き添いとして俺が呼ばれたというわけだ。
荒川さんは一緒にノっちゃいそうだし、最上川さんはスナイパーだから別行動になってしまう。
藤堂は自分の世界に入っちゃうし、白珠は爆風で汚れるのを嫌がる。
調達者はもう一人いるが、そいつも性格に難あり。
つまり俺しかいない。
「とりあえず、さっさと倒して戻りましょーよ。今日ライブあるし」
「ライブより爆発の方が爽快感あって楽しいだろ!?」
「人によります」
穂村の性格は見てわかる通り非常に危険で、とにかく爆発や破壊を好む。
どうやら昔から特撮アニメの爆発シーンが大好きで、自分でも再現したいと独学で化学を学んだ結果、こんな化け物が生まれてしまったとのこと。
「お前は爆発に燃えないのか!? 爆弾火炎放射器拳銃魔法日本刀ビームサーベルに燃えていた時期が一度たりとて無かったのかぁ!?」
「いや別にそこまでとは......」
「爆発それ即ち漢のロマン! 俺はその欲求に従順なだけだ!!」
後半爆発関係なくね、というのは置いといて。
自身の行動に微塵も疑いを持ってないのが如何にも邪悪っぽい。
こんな危険な奴じゃなければ調達者にはなれない、という事でもあるが。
「ゾンビ倒せたらいいんで爆発は好きにしてください。巻き込むのはやめてくださいよ」
「はっ、俺を誰だと思っている?」
「異常者」
「基地内最凶の爆弾魔だぞ!?」
基地内最凶なのにキチガイという矛盾。
そしてそんなもん誇るな。
さっきまでダラダラ歩いていた穂村が、十字路を曲がろうとした瞬間硬直した。
「......おっと、ゾンビっすね。五、六体で群れてます」
後ろから俺も覗き込む。
十字路の右にある、他よりちょっと豪勢な家の前にゾンビが群がっていた。
やはり制圧エリアの中とはいえ、どうしてもゾンビが外から侵攻してくる。定期的な掃討戦は必要不可欠なのだ。
「待て。見えるのは六体だが、家の中に隠れているかもしれん」
確かに、豪邸の入り口が開いている。
「なるほど。どうします?」
「決まっている。爆発だ!」
......絶対言うと思った。
★★★
「ひゃはははははは!! 楽しいぃぃぃぃ!!!」
度重なる爆発によってガラガラと音を立てながら、赤々とした炎を宿す家(の残骸)。
それを眼前にしながら狂笑を惜しげもなく披露する穂村。
彼の武器は火炎放射器。
バイオマスを燃料とし、持続性と機動力を犠牲にして短時間で高火力を発揮する。
さらに手榴弾もいくつか装備し、近接用のナイフと拳銃も常備。
近~中距離に対応した動きを難なくこなせるオールラウンダーともいえる。
性格さえまともなら、非常に強力な兵士になれたとは思う。
「放棄されてるとはいえ、ここまで躊躇なく民家燃やせるのかよ......」
狂笑にドン引きしながらも、俺は逃げ惑うゾンビどもを斬り殺す。
「おい新入り、そこ地雷埋めてあるぞ」
「は?」
突然のカミングアウト。
俺から数メートル離れて逃げていたゾンビの足元が、一瞬にして弾け飛んだ。
耳を劈くような音と共に、四肢が捥げバラバラになったゾンビが宙を舞う。
「ん、火薬がちょい多かったか?」
「ざっ......けんなクソチビ! 危うく死ぬとこだったじゃねーか!」
先輩だという事も忘れ、穂村に掴みかかる。
が、いともたやすく躱され、逆にカーフキックで転ばされてしまった。
「死んでないからいいだろ。タラレバは嫌いなんだ」
つーかいつの間に地雷なんか仕掛けてたんだ。
そんなことしてる素振りなんて見せなかったのに......。
「今お前、何故地雷があるのか疑問を持ったな?」
「……思ってないっすけど」
特に理由もない嘘をついてしまった。
さっきまでのテンションが嘘のように消え、穂村が真顔で俺に向き直る。
「率直に言う。地雷の除去を手伝ってくれ!!!」
唐突なその発言と同時に、穂村がガバッとその場で土下座をする。
こういう人って土下座とかやらないイメージだったから、笑いとか怒りよりも困惑が勝る。
「……手伝いはしますけど、地雷の経緯と数、それと配置教えてください」
「おう。
まず経緯なんだが、この前大型ゾンビが二体現れただろ? お前が単騎で倒した奴。
もう一体が俺と荒川に藤堂、それと矢田で倒した奴なんだ。
当時は既に荒川が瀕死で、俺と矢田と藤堂がいた。
重症の荒川を俺が先に基地へと運んだんだが、その時に地雷を設置しつつ戻ったんだ。
地雷といってもしっかり埋めるタイプじゃなくて枯葉とかで隠すタイプだったし、持ち数も五個と少なかったから埋めるのにそこまで時間は掛からなかった。
今思えば荒川を最優先すべきだったとは思うがな。
んで、運び終えた後戦闘に復帰するつもりだったが、藤堂と矢田が既に倒したみたいでな。結局使わなかった訳だ。
そのあとすぐお前らと合流したから、回収する暇が無かったんだ。
だけど地雷は俺が覚えているうちに除去しないと大変な事になる。
だからお願いしてるんだ。罪なき一般人を傷付けるのは俺の美学に反するからな」
それで爆発が足りないとか言ってストレスが溜まってるフリをして、出撃命令を貰ったという訳か。
一般人を巻き込むのを嫌うあたり、流石に人としての分別はきちんとあるようだ。
「……それだとなんで俺なんすか? その時一緒だった藤堂さん達と来れば良かったものを」
「お前だから言うんだが、俺は土下座とかするキャラじゃなくてな……。矢田は俺を無視するし、藤堂には『一人でやれ』で一蹴された」
ちなみに複数人で回収をやろうとした理由は、シンプルに『一人だと危ないから』らしい。
そもそもとして出撃は二人以上が義務ではあるが。
「地雷はこの先の一本道に五つ、いやさっき一つ起動したから四つある。慎重に頼む」
★★★
「これが最後の一つだな」
一時間かけて三つの地雷を処理し、ようやく最後の地雷を見つけ出した。
深く埋めてないとはいえ、見つけるのと後始末には結構時間がかかる。
ちなみに後始末の内容は、そのまま衝撃を与えて起動させること。
拍子抜けかもしれないが、持ち帰ったり解体するよりずっと安全で確実だ。
爆発したら寄ってきたゾンビを殺しつつ、跡地を埋め直して破片を回収して作業完了。
「こういうのって最後の一つで油断して痛い目見ると相場が決まってるんで、気を付けてくださいよ」
「はっ、俺を誰だと思ってる」
前と同じように、石のつまった袋を地雷の上に投げ込んだ。
が、爆発しない。
「......不発弾では?」
穂村の後ろで、ぼそりと呟く。
試しにもう一個の石袋を投げ込んでみるも、当然反応はなし。
「いやいやいやいや、絶対不発弾では無い。俺だぞ? この俺が作ったんだぞ?」
さっきはさらっと流してたけど、こういう爆発物を独学で作り上げたのは普通にすごい。
ゾンビで現代社会が崩壊する前に火薬を集める手段なんて、相当少なかっただろう。当時小学生ならなおさらだ。流石爆弾魔を自負するだけはある。
ただ、今回はその自負が裏目に出てしまっているようだ。
「いや別に、アンタの爆弾が失敗作だろうと俺はどうでもいいっすよ」
「ならん! 俺のプライドにかけて、この地雷は成功作と断言する!」
五個も作ってりゃ一つくらい不良品が混じってても責めやしない。
だって、自称爆弾魔とはいえ素人なのだから。
「よし、これは失敗作じゃないというのをお前に教えてやる。その薙刀を貸せ」
「何に使うんで?」
「地雷を解体して、中の構造を見せてやる」
貸そうとしていた薙刀を、一瞬のうちに引っ込める。
「なに、解体の手順は間違えないさ。俺を誰だと思ってる」
「不良品にその理論は通用しないし、薙刀まだローン残ってるんですが......」
あと解体に薙刀って不向きでは?
それなら携帯用ナイフの方が圧倒的にいい気がするが。
「うるせえんだよ! 細かいことをぐちぐちと!」
グイグイと穂村が俺に掴みかかり、薙刀を奪い取ろうとする。
その小さい体のどこにそんなパワーがあるというんだ...。
穂村が奪ったら、俺が即座に取り返す。
俺が取り返したら、隙を突いて穂村がまた奪う。
そんな不毛な取っ組み合いをしてるうちに....
カチッ
「......今なんかやばい音しませんでした?」
「今ので思い出したこと言っていいか?」
「なんすか?」
「最後の一つは遅延地雷にしてたの忘れてた」
そこまで言った瞬間穂村が掴んでいた薙刀を投げ捨て、俺と一緒に地雷原から猛ダッシュ。
その二秒後に地雷は今日一番の音と煙を出しながら、地面が揺れたと感じるほどの衝撃波を生み出した。
直近の家に張り付いていた窓ガラスは悉くヒビが入るか砕け散り、塀のブロックが一部倒れ込む。
視界は黒煙で占拠され、鼻の奥にツンと刺激が広がった。
「ゲホゲホ...遅延地雷はゾンビの仲間ごと巻き込んで殺す目的だったが、ちと強すぎたな」
地雷が起爆して数分後。
地雷原を背にした俺の後ろから、穂村の声が聞こえる。
どうやら死んではいないっぽい。
「んで、俺の薙刀は?」
口の中に入った異物を吐き出しながら穂村の顔を見るも、なぜかそっぽをむいて答えない。
額にはどういう意味を指しているのかなのか分からない汗。
「......」
彼が無言で後ろ、つまり俺の目の前を指さす。
数メートル離れたそこには粉々に砕け散り、もはや炭と化した俺の武器があった。
「あああああああ!!」
俺にとって、この日一番の衝撃は地雷ではなくこの叫びだったように思う。