page7 泣いた黒鬼と地獄の牙
「では......いくぞ」
「あぁ、かかってこい」
体育館のアリーナ。
周りにはたくさんの群集。
真ん中に開かれたバトルフィールド。
そこで俺は、同じ調達者の藤堂唯牙と対峙していた。
なぜこんなことになったのか。それは少々前に遡る。
★★★
「おい、貴様」
「うぇ?」
最上川さんとバイクを持ち帰って数日後。
いつものように屋上で見張りをしていたら、突然藤堂に声を掛けられた。
藤堂唯牙。
黒髪の中肉中背というごく普通の日本人といった風貌だが、基地内では結構煙たがられているらしく、あまり他者とつるんでいるところを見ない。
その理由は、彼の性格にある。
『あの人ね、中二病なのよ。結構重度の』
白珠がそういっていた。
それがホントなら確かに近寄りがたいが、もしかしたら誤解という可能性だってある。
どこかで話せればいいなと思っている時に、あちら側から話しかけられたというわけだ。
「えーと、藤堂さん、であってますよね?」
「いや、違う」
「え?」
「俺の名は、地獄の牙。魂にケルベロスを宿す者だ」
「.........はぁ」
やばい。
ちょっとした中二病なら俺も生前経験したことがある。
教室内にテロリストが入ってきて、それを撃退する妄想みたいなやつ。
だけどここまで振り切った奴は見たこと無い。
「それで、藤堂さん。俺に何の用すか」
「地獄の牙と言っているだろう...まあいい。俺は貴様に決闘を申し込む」
そういって藤堂は、懐から一枚の契約書を取り出す。
決闘。白珠からそういう文化だけは聞かされていた。
生前の日本では憲法とそれに基づく法律があり、それによって罪が裁かれていた。
しかしそれらがゾンビパニックによって崩壊して以降、それぞれの避難所では自治制が敷かれることとなった。中世の日本に逆戻り、といった感じとなる。
自治制が敷かれたとはいえ、どうしても規定に基づかない事例や罪人が定まらない事も出てくる。
そのような時にどうするか、といった考えで編み出されたシステムの一つがこの決闘という訳だ。
ルールは簡単。
アリーナ内に敷かれたフィールドで戦い、相手に降参させるか場外に押し出すか、若しくは気絶させるかの三択だ。
武器は当然刃物禁止。武器屋のレンタル品を使って戦う。勿論素手でも可。
「あぁ、決闘......なんでっすか?」
決闘には正当な理由かつ両者の合意が無いとできない。
前者は不当な暴力を取り締まるため、後者は力なき者を守るため。
契約書をボスに提出して初めて、決闘が開始されるという仕組みになっている。
「貴様が基地に入ってから良くない噂が流れているのだよ。基地を乗っ取るつもりだとか、白珠を寝取るつもりだとか」
「え”っっ......白珠って彼氏いるんすか」
藪から棒の発言に思わず声が掠れる。
「いないが?」
「あぁ良かった......マジでビックリした」
もしいるのだとしたら俺は色んな意味で死にたくなってた。
本当に良かった。
「まぁとにかく、俺が貴様を断罪する。勿論やるよな?」
「待ってください。そもそもそんな噂間違ってます。俺が直々に否定......」
「貴様の言葉を誰が信じる? 新入りが出しゃばるのも大概にしろ」
藤堂の口調が強くなり、メガネがキラリと光った。
中二病ではあるが、その威圧は本物だ。基地で煙たがられているという噂は偽物だったのだろうか。
「基地で己の証明をしたければ、合意しろ。厄介者として隅で生きるのなら知らんがな」
正直、厄介者として生きることには慣れていた。
何しろ生前がそうだったのだから。両親が死んで以降、親戚からはそういう扱いを受けていた。
もし俺が基地内で一人で生きていたなら、こんなバカげた決闘なんて受けなかっただろう。
だが、今の俺には居場所がある。
白珠が、俺にこの基地と調達者という居場所を作ってくれたんだ。
ここでそれを手放してしまうのなら、俺は今後白珠に顔を合わせることなんてできないだろう。
そんなの嫌だ。
「やります、決闘」
「よく言った。ならば、この契約書に......」
★★★
そういうわけで俺は今、ここに立っている。
半径およそ十五メートルの円形。
目の前には眼鏡を光らせた藤堂。
武器はどちらも同じく、長い柄の先端に固めのゴムを取り付けたもの。薙刀というよりは斧に近いか。
「それでは、始め!」
ボスのでかい声がアリーナに響き渡る。
スタートの合図と共に藤堂が駆け出した。
「喰らえっ、我が一撃!」
ゴム製の斧が俺の脳天めがけて振り下ろされる。
間一髪、柄でガードしたものの、藤堂の連撃は止まらない。
右、左、上、下と軽々ゴム斧を操り、死角からの連撃を容赦なく続けてくる。
「貴様の実力はこんなものか!?」
煽りまで加わる。こんなものに乗ってはいけない。
確かに彼の攻撃は非常に強い。というより武器の使い方が上手い。柄を使ったりゴム部分を使ったり、その合間に手足で物理攻撃など、とにかく手数が多い。
気が付けば防戦一方になってしまっているのも事実だ。
だが。
「うるせぇ中二病!」
キックを脇腹で受け止め、ゴム部分で斧を受け止めつつ柄を振り下ろす。
脳天に思いきりぶち当てた一撃でよろめき、藤堂が距離をとる。
手数が多いという事は、その一つ一つは致命傷になりえないという事。
キック一撃で俺が倒れるわけがない。その後隙を突かせてもらった。
「おぉ......藤堂に一矢報いるとは」
「あの新入り、只者じゃないな」
観戦をしていた群集がぽつぽつと呟き始める。
が、藤堂の一瞥で呆気なく収まってしまった。
「やるじゃないか、新入り。俺も本気を出すとしよう」
「舐めプしてたのかよ。ムカつくぜ」
本気出さずにあの実力、というのも恐ろしいが。
ゆっくりと自分のゴム斧を構え直す。
「我が漆黒の刃に切り裂かれるがいい!」
瞬間、藤堂はゴム斧を投げ捨て、袖から幾つもの短刀を取り出した。
そのまま各指の間に挟み、両手合わせて八本の短刀が俺へと牙を剥く。
「はぁ!? おい、刃物の使用は禁止だぞ!」
「先に審判に言ってあるからな。俺の作戦勝ちだ」
周りの群集も卑怯だなんだとブーイングの嵐だ。
だが、審判のボスは一声も発さない。待ての合図すらもない。
ただ俺らの決闘を見守るばかり。このまま続行ってか?
「ふざけやがって......」
とはいえこのまま降参というのもみっともない。
勿論続行に決まっている。
「絶望の爪!」
奴の爪(短刀)は当然見掛け倒しでもなんでもなく、先程と比べて攻撃の練度が段違いに上がっていた。突きに斬撃と、縦横無尽に刃を躍らせるのが恐ろしくもあり、華麗でもある。
そして今度は一度当たったら致命傷のクソゲーだ。
より集中して、藤堂の動きと癖を見極める。
クロー攻撃という点はゾンビと似ているが、アレと違って隙が無い。中二病ではあるが、その実力は俺や白珠よりも格段に上だとわかる。
「痛っ」
彼の爪が頬を掠り、血が飛んだ。
初撃の大振りを躱すとすぐさま身体ごと翻して二撃目を放つ。それも躱すと今度は体を大きく捻って三撃目。
どれかにカウンターを決めようとするとそれを読んで蹴り技。
間合いを詰めて掴もうとすると肘でカウンター。
どれを取っても隙が無い。
「所詮貴様は断罪される運命! 大人しく受け入れろ!」
蹴りを食らって、バランスを崩し地面に倒れ込む。
それを見逃さず、藤堂が右手を振り上げた。
今だ。
「断る」
地面に落としていたゴム斧を即座に掴み、藤堂の振り下ろした右手に横からぶち当てる。
持っていた短刀が宙を舞い、カシャンカシャンと軽快な音を立てて散らばった。
「ぐぅっ」
「もういっぱあああつ!!」
一回転しながら立ち上がり、持っていたゴム斧をぶん投げる。
藤堂は間一髪のところで左手でガードするも、衝撃の強さに左手の短刀も全て地に落とした。
「くっ」
一瞬の攻防に、ヤジやブーイングを飛ばしていた群集が静まりかえる。
勿論俺と藤堂も声を発さない。肩で息をしながら、お互いの動きと視線を確かめ合う。
先に沈黙を破ったのは藤堂だった。
「......降参だ」
「は?」
藤堂が立ち上がり、俺を背にしてフィールドから足を出す。
「降参、と言っている。俺の絶望の爪が破られた以上、後はジリ貧の負け試合。無様に醜態を晒すよりも、俺はここで身を引くことを選ぶ」
「断罪は? しなくていいのかよ」
「何を言っている? 貴様は勝ったんだ。後はどうとでもしろ」
それだけ言うと、彼は群集を押しのけてどこかに去っていった。
★★★
あれから数日後。
「やっと見つけた......探したっすよ、藤堂さん」
誰もいない空き教室で、ナイフの手入れをしている藤堂を見つけた。
決闘後にいろいろあって話がしたかったけど、どこにいるのか皆目見当もつかなくて困っていた。
そして白珠らに協力を仰ぎ、ようやく会うことができた。
「なんの用だ」
「前置きは省きます。藤堂さん、この前の決闘は俺の為にやったんすよね?」
決闘の後、保健室で治療してもらいながら、白珠に話してもらった。
『藤堂さん、結構前から黒金君の事心配しててね。
というのも、貴方基地にあんまり馴染めてないじゃん。そりゃまだ新入りだから仕方ないのかもしれないけど。調達者ってその職業柄、他の人と交流する機会少ないのよ。すぐ死ぬからってみんなからも話しかけられづらいし。
だから藤堂さんが決闘によって積極的に住民からの反感を買うことで、被害者の黒金君へ好意を持ってもらおうとしたわけ。元々藤堂さんは難しい性格してるから結構嫌われてるし、自分が適任だろうって』
あの決闘後、他の住民から話しかけられることが格段に増えた。
『あの中二病に散々な目にあわされたな』
『あの戦い方、かっこよかったぜ』
『あいつを倒してくれて、スカッとしたわ』
だけどそういう言葉を貰うたび、正体不明の息苦しさを感じた。
最初はちゃんと倒さずに勝ってしまったからだろうと思っていた。だけど、それは違っていたんだ。
「俺はアンタの事何も知らないのに、なんで......」
「馬鹿言うな」
藤堂が、拭いていたナイフを俺に向かって投げつける。
鋭い一撃は俺の隣を突き抜け、綺麗に壁へ刺さった。
「それは白珠が曲解しただけだ。俺はただ許せなかっただけ。浮かれるんじゃあない」
「アンタは嫌われたままでいいのかよ......」
調達者は変人が多い?
少なくとも俺が見てきた人たちは、皆いい人だった。
勿論、この人も。
「地獄の者である以上、他者から好まれないのは当然だ。どうってことはない」
「でも...」
「そろそろ晩飯の時間だ。戻れ」
藤堂が俺を押しのけてドアを開け、食堂とは正反対の方向へ歩く。
着いてくるなよ、と背中で語っているのがわからないほど俺は馬鹿ではない。
「じゃあ、一緒に行きましょうよ。白珠たちも待ってます」
たった数秒だけ立ち止まり、「奴らと食え」とだけ吐き捨てると、藤堂は闇の中に消えていった。
後に残ったのは、壁に刺さったナイフと立ち尽くす俺だけ。