page6 sniper
「いやーそれにしても、この前のライブはすごかったよねぇ」
「俺はあのライブが初観戦っすけどね」
基地の外側、制圧エリア。
この前の戦跡が未だ残る土地を、俺と最上川さんは歩いていた。
理由は簡単、資源の確保。
鉄資源の不足をエンジニア達が嘆いており、それを聞きつけたボスが俺たちに収集命令を出した、という形になる。
ちなみに今回は白珠が不在。理由は見張り代理。
「いつもより古村さんの声が良かったよ。曲も相変わらず最高だったし」
あの日古村が俺の暴言に反発して立ち上がり、五分遅れで開催したライブ。
音楽に心躍る、という経験を生まれて(一度死んで)初めて味わった。
基地の住民があれを心待ちにしてる理由もよくわかる。
ちなみにだが、spirits of grayの曲は全て調達者がモチーフとなっている。
なので最上川さんや荒川さん、白珠がモチーフの曲も存在しているとのこと。
いつか俺にも打診が来るのだろうか。あんな暴言吐いた以上来ないと考えた方がいいのだろうか...。
「ライブとは何の関係も無いんですけど、なんで今回は最上川さんもここにいるんすか?」
「............あぁ、狙撃位置にいないってことね」
この前の戦いでは、最上川さんは高台に身を置いてゾンビを狙い撃ちする狙撃手としての役割を全うしていた。
だが、今回は拳銃片手に俺の隣を歩いている。狙撃銃は持ってきていない。
「一つ、今回は討伐が目的じゃないからね。収集なら現地にいたほうがいいに決まってる」
「確かに、荷物も持てるしその方がいいっすね」
「もう一つとして......その、近接戦闘力を鍛えようと」
近接戦闘力??
そもそも、最上川さんは凄腕の狙撃手だ。元々素人だったとは思えないほどの観察眼と狙撃スキルで、俺もこの前の戦いでは非常にお世話になった。
適材適所という言葉の通りなら、最上川さんが近接戦闘力を鍛える理由は薄い気がする。
「やっぱり調達者を名乗る以上、基本的な戦闘は......」
「待ってください、敵です。十時方向から二体です」
住宅街の私有地に生えた、やけにでかい木。
その裏陰にゾンビが隠れていた。ゾンビの腐った肌色が実質的な保護色になって見逃すところだった。
「ウ”ウ”オ”オ”オォォォ!!!」
「ン”ギイ”イ”イ”イ”イ”ィ!!!」
「うるせぇ!」
木から跳びかかってきたところを、纏めて一閃。二体ともあっけなく首を切られて動かなくなった。
いくらゾンビだろうと、空中じゃ手も足も出まい。
「大丈夫っすか」
「ああ。にしても、君凄いな......」
「おっと、またゾンビです。今度は俺らの背後から四体来てるからわかりやすいっすね」
今度のゾンビは正々堂々とこちらに向かってやってくる。
俺はともかく最上川さんは逃げきれないだろうから、ここでまとめてやってしまおうか。
「お、おう」
最上川さんも俺の考えを察したのか、懐からナイフを取り出す。
だが、白珠やほかの調達者とは明確に違う点があった。
「あの、手震えてますけど大丈夫っすか?」
よく見たら足もガタガタだし、冷や汗もダラダラだ。
ゾンビに臆せず立ち向かう調達者には到底見えない。
「だ、大丈夫だ。こ、これでも先輩だぞ」
「......じゃあ、俺が前に出るんで最上川さんは後ろから牽制とか、不意打ちとかお願いします。あと姿勢は低めに、俺に近づきすぎないようお願いします。俺の薙刀当たるかもしれないんで」
★★★
酷い。
最上川さんの戦闘を見て、開口一番に思った言葉がそれだった。
自分の武器見てないのかってくらい空振りしまくるし、当たってもカス当たりばっか。
忠告したのに気が付けば俺の背後にいるし、しかもそれに気づいてない。
ゾンビの方はちゃんと見てるのに足が動いてないせいで、腰に力が入ってなくてへっぴり腰みたいに見えてしょうがない。
俺が二体倒した後最上川さんの方を見たけど、一体も倒してないどころかむしろピンチだった。
狙撃手として一流、という株を一気に落とすレベルだと思う。
「先輩として申し訳ない......笑ってもいいよ............」
そういうわけで、現在この人は絶賛テンションダダ下がり中というわけだ。
「最上川さんって最初から狙撃手だったんすか......?」
「最初はみんなと同じ感じだったんだけど、俺だけ一向に上達しなくてね...。それで前線から降ろされた結果、予期せぬ才能に恵まれたわけさ」
プライドをズタズタに砕かれてからの後方支援に目覚めたというわけか。
なんというか、全体的に気の毒な人だな...。
「狙撃手としているのも悪くない、と思った矢先に君が初陣で物凄い活躍をしたからね......。」
あこがれていたものへの熱が再燃した、という感じに近いか?
気持ちはわからんでもない。
「というか、君なに!?」
「......なにがっすか?」
「その戦い方と強さだよ!!
普通の人なんて武器を持ってもまともに戦えるわけないのに、なんで君は顔色一つ変えずにゾンビを殺せるんだよ!!
元々野良で討伐していたんだとしても連携うまいし!
そして戦い方も豪快かつ丁寧!!
大振りでゾンビにダメージ与えてからの反撃を躱してカウンターなんて毎回できるのおかしいだろ!
囲まれても冷静に一体ずつ攻撃捌いてくし!
しかも薙刀で防御も回避も隙作りもできてるし! それそんな万能武器じゃないから!
一瞬でゾンビの癖と隙見ぬいて突くなんて三年やってもできないぞ!
それを何で入って一か月足らずの君ができるんだよ!」
「......そりゃどーも」
なんで急に俺の戦い方を大声で褒めてくれたんだ......?
捲し立ててるせいで唾が飛んでるんだが。
「......俺が調達者になったのもね、元々使えない奴だったからさ。そういう穀潰しは優先的に危険な仕事を任されるんだよ」
多分だけどそれは最上川さんの考えすぎだと思う。
もしそうなら荒川さんや白珠が無能という事になる。それは絶対ない。
それよりも、
「それ、俺にもダメージ行くんでやめてください......」
これ以外のスキルが無い俺も充分穀潰しの部類では...?
★★★
ふたりでとぼとぼと歩きながら、時折鉄くずを拾い集めていく。
制圧エリアだとあんまり無いのではと思っていたが、放棄された民家や施設内にはまだまだ色んなものが残っていた。
鉄くずといっても工具部品だったり、携帯電話だったりといろいろある。
なかでも後者のようなレアメタルが内蔵されている奴は優先的に集めろ、という事になっているのだ。
「今集めてる鉄くずって何に使うんすかね?」
「また何か作ろうとしてるんじゃない? エンジニアって変人ばっかりだし」
変人なら調達者にも何人かいただろ。
このご時世、常識人でいるよりも楽そうではあるが。
住宅街を歩き、少し大きな通りへと出る。
「おっと......なんか集まってますね」
放棄されたコンビニ。その駐車場にゾンビが群れを成している。
数は大体十匹くらいだろうか。中々骨が折れそうだ。
「ああ。何かに群がってるっぽいな」
ゾンビに邪魔されて見えないが、奴らの隙間からタイヤらしきものが見えた。
自家用車ほどのサイズはない。という事は......。
「バイクか!」
最上川さんが驚いたように声を荒げた。
「珍しいんすか?」
「基本ガソリン切れで使えないし、使える奴は野良の生き残りが奪ってくからね。今基地で動くバイクは一つもないよ」
「なるほど。それなら貰ってった方がいいっすね」
動くなら万々歳だし、動かないなら壊して鉄資源にすればいい。
どちらにせよ貰って損はないと思われる。
しばらくじっと観察していたが、やがて一匹がこちらの方をギョロッと睨んだ。
次々にこちらに首を向けてくる。
「おい、奴ら気づいたぞ......物陰から見てたのに」
「奴らは鼻が利きますからね。さっさと殺すんで、最上川さんはこっから援護お願いします」
仕方なく前に出て、大口を開けたゾンビに薙刀を突っ込んで頬を引き千切る。
「メ”ギャァッ!」
そのまま両断した頭を掴み、奴らの方にぶん投げる。
投げた頭が最高度に達したその瞬間、パァンと弾け飛んだ。
「ウ”ギョッ!?」
「一瞬ビビったろ。お前らにもそういう感情あるんだな」
事前合図なしでも、最上川さんは読んで銃弾を当ててくれた。
ビビったゾンビは片っ端から首を捻り斬っていく。
「ウ”ギャア”ア”ア”!!!」
ビビってくれているおかげでただでさえ読みやすい動きがより単調になっている。
噛みつこうとするなら下顎を落としてから斬る。
引っ掻いて来ようとするなら腕を纏めてぶった斬る。
俺の後ろをとったゾンビは最上川さんが頭を貫いて怯ませる。
その隙に纏めて斬り裂いていくのだ。
勿論最上川さんを狙うゾンビは真っ先に首を落とす。
戦闘が始まってから十分もしないうちに、ゾンビの殲滅が完了したのだった。
「バイクは見た感じあんまり汚れてないけど......」
結構きれいな二輪バイクだ。持ち主が近くにいるか、もしくは死んだか......。
どちらにせよ、こんな堂々と置いておくのが悪い。
「いや、動く。ちょっと待ってて」
最上川さんが少しいじると、バイクはあっけなくエンジンが起動した。
「ゾンビが中々俺らの方に気づかなかったから、ガソリンがまだ入ってると思ってたんだ」
なるほど。ガソリンの匂いで俺たちの匂いに鈍感になっていたというわけか。
「二輪なら荷物も結構載せれるし、これ持って帰ろうか」
「あ、俺運転できますよ」
「マジで!?」
生前バイトしてた時、持っていた方が便利だからという理由で16歳になってすぐに取った。
割といろんなことに使っていたけど、まさかこうして死後にも機会があるとは思わなかった。
「君の年齢で免許持てるわけないから無免許だろうけど、大丈夫か?」
この世界だと免許センターなんてとっくに機能停止してるだろうから、無免許だと思われてるのか。
「昔乗ってた時期あるんで大丈夫っす。一速に切り替えて、と」
★★★
「あの、最上川さん」
「ん?」
「アンタもうちょっと、自信持った方がいいと思いますよ」
荷物を落とさないようゆっくりとバイクで走りながら、俺は後ろの最上川さんに話しかける。
「さっきの戦闘だって、狙撃はめっちゃ上手かったし...。他ができなくても、ああいうのできる人ってなかなかいないと思いますよ」
狙撃もそうだし、観察眼も結構すごい。
この世界で生き残っているだけあって、彼もまた一人の兵士なのだ。
「......そういえば同じようなこと、サラちゃんにも言われたな。君たちって何か似てるよね」
「何か言いました?」
バイクの風で絶妙に聞こえなかった。
「いや、こんな強い子に言われるのは嬉しいなって」
「目の前で男を褒めるとか趣味悪いっすよ」
やっぱりバイクは速い。
無駄な話は全て置き去りにしてくれる。