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page5 Spirits of Gray

前の戦いから約一週間。

怪我は順調に回復し、今ではすっかり快調だ。


結局体の骨は折れておらず、強い擦り傷や打撲が主だった。

コンクリートあふれる住宅街の中で骨折すらない、というのに若干自分自身への恐怖を感じたが、早く復帰できるならそれに越した事はない。


「黒金君が大怪我したことに関してボスは心を痛めててね。先にトレーニングさせておくべきだったって」


「あんま変わらんと思うけどなあ」


キコキコ。

キコキコキコキコ。


「あと、あの大型ゾンビはこれまでに見たことが無いスピードを持っていたから、今解析をエンジニアに頼んでいるんだって。だから私たちは当分出番はなさそう」


「......なあ。近況は分かったからさ、一つ質問していいか?」


キコキコキコキコ。

キコキコキコキコキコキコキコキコ。


「なに?」


「なんで俺たち自転車漕いでんの?」


春風吹く道をサイクリングしてるならともかく、ここは体育館下にあるトレーニングルーム。薄暗い地下で固定された自転車に跨っている。

しかも結構ガタがきているのか、さっきからキコキコうるさい。


「理由は二つあるけど、どっちから聞きたい?」


「どっちでもええわ」


そういうのって良い知らせと悪い知らせがある時に言うもんだろ。

なんで悪い知らせしかない時に言うんだよ。


「一つ、貴方の借金返済。武器屋から後払いで薙刀買ったんでしょ?」


「あーーーっ......」


「あと診察料と食堂利用料に、シャワー使用料。全部合わせて4万9980円」


この基地では基本、シャワーで体の汚れを落とす。風呂なんて雨続きの時にしかないレアものだ。

そしてなんだよその金額。税込みかよ。


「やめてくれ......なんでこの世界でも金に苦しまなきゃいけねーんだよ......」


まあ、前世での苦行に比べたらこんな単純労働屁でもないが。


「つーかこの世界でも金ってあるんだな」


てっきりそういうのは崩壊していて、物々交換とかが主流になっているかと思った。

流石に紙幣は見当たらないようだが。


調達者(プロキュラー)が持ってきた金属融かして硬貨にするんだって。この前の出撃は関係ないけどね」


外で見つけてきた金属を加工して硬貨を作る。それらは全て調達者(プロキュラー)のもとへ。彼らは命懸けで採ってきた金を手に、物を買ったり飯を食ったりするという事だ。そして金は売り手へといき、やがて基地全体に広まっていく。

それが無かったから俺たちはこうやって自転車を漕いでいる訳だが。


二台の自転車。その目の前にある電力測定メーター。

ここに今何パーセント電気が溜まっているかが表示されている。

ちなみに現在俺が46%、白珠が43%。

二時間くらい漕ぎ続けてこれだ。控えめに言っても絶望しかないんだが。


「二つ目の理由。今日のライブ」


「ライブ? 誰が?」


「『Spirits of Gray』っていうバンドグループ。この基地でしか聴けないよ」


Spirits of Gray。

この世界に生きることの絶望感と、それでも前に進む人間の素晴らしさを魂込めて歌い上げるバンドグループ。

基地内唯一のバンドであり、その独創性と圧倒的な歌唱力から熱狂的な人気を誇っている。


「へー。それとこの労働がどう繋がるんだ?」


「ライブって電力使うのよ。太陽光だけじゃ心もとないから、という理由で......」


自分の借金返済だったら適当にやるけども、誰かが被害を被るならちゃんとやらなきゃいけない。

というか、理由はこっちがメインだろ。


「報酬として賃金の他にライブの無料チケット貰えるからお得だよ」


ライブ自体は無料で観れるが、手前の席で楽しむならチケットを購入する必要がある。

ギターのピックを貰えたりなどのサービスもないことはないが、ぶっちゃけあんまり興味は湧かない。

それでもチケットの売れ行きはかなりいいらしい。


「お、いつもごめんねーサラちゃん」


後ろから元気溌剌な声が聞こえる。

振り返ると黒髪ショートの美人さんが立っていた。


この人がSpirits of Grayのリーダーを務める古村凛花(こむらりんか)

基地内でもトップクラスの知名度と人気を持つ少女だ。ちなみに俺たちと同い年。

歌唱力と顔面偏差値の高さも人気の理由の一つだが、彼女の真骨頂はその性格。

明るく頼りになる性格で、バンド仕事以外では食堂や農作業の雑務を進んで行う献身ぶり。そのリーダーシップの前では男女問わず虜になってしまう、というわけだ。


「いいよ別に。今日は二人いるしね」


「あ、この前入ってすぐ死にかけたんだっけ? 君。名前は?」


「黒金。あんた今晩ライブなんだろ?」


「そ。ぜひ見に来てね!」


それだけ言って古村はトレーニングルームから小走りで出ていった。


「何しに来たんだあいつ」


「エールでしょ。それより早く終わらせないと。日没までそんなに時間ないよ」


「わかってるっつーの」


さっきから思ってたんだが、隣で美少女がスポーツウェア着て汗水垂らしながら自転車漕いでるの、普通に目のやり場に困るからやめてほしい。

あとなんで戦闘服の時より胸が増量されてんの?



★★★



日没のおよそ一時間前に何とか電力チャージが完了した。

朝九時から漕ぎ続けて終了は午後五時。大体八時間の勤務。

それで日給は8,500円。ノルマ制の単純労働とは言え、正直俺が生きてた世界基準では割に合ってないと思う。


「じゃっ、ライブ観にいこっか」


二人分のチケットをポッケに入れ、体育館へと足を運ぶ。

ライブはまだ一時間以上も先だというのに、既に大きな人だかりができていた。


「お、サラちゃんと新入り君」


既にチケット席には最上川さんが座っていた。


「最上川さんもチケットとったんすか」


「この前のやつが余っててね」


最上川さんは巨大ゾンビ戦で色々なサポートをしてもらった。

撤退命令を無視したことからこっぴどく怒られるかと思っていたが、実際はその逆。

むしろ二手に分ける指示を出した荒川さんが怒られたらしい。全く悪くないと思うけど。


「......ねえ、なんかステージ裏で揉めてない?」


さっきまでお行儀良く座っていた白珠が、不思議そうに首をかしげる。

確かに、言われてみれば何か声が聞こえる。それも平和的ではないタイプの。


「行ってみるか」


通常舞台裏は一般人には見せられないが、今回は見張りがどこかに行ってしまったのですんなり入ることができた。

どうやら言い合いというよりかは焦り混じりの話し合い、といった感じだ。


男が三人、女が二人。いずれも何らかの楽器やボーカルでも担当しているのだろう。全員まあまあ年上っぽい感じがする。

ただ、一つ気になることがある。


「どうしたの?」


「あ、調達者(プロキュラー)の人たち......あの、古村ちゃんがいなくなったんです!」


そう、リーダーであるはずの古村がいない。ギターひとつぶんも無くなっていた。

確かギター&ボーカルという役回りらしいので、彼女が不在となるとかなりまずい。


「確かにいないな。体調不良というわけではないんだろう?」


「俺と白珠で日中自転車漕いでた時に一度来ましたけど、元気そうでしたよ」


あの後風邪でも引いた、というのも考えづらい。

となるとどこかを歩いているのか、それとも何らかの事件に巻き込まれたか......。

後者なら一大事だ。


「このままじゃライブが間に合わない.....だけど私たちはリハーサルとかであんまり外に出れないので、捜索のお願いをしてもいいでしょうか?」


「まあ、私達もライブ観たいしね。私と黒金君と最上川さんの三人で手分けして探そう」



★★★



基地中を駆けずり回って数十分。

ライブ開始十五分前にして、俺はようやく古村を見つけることができた。


「はぁ、はぁ......探したぞ、リーダーさんよぉ」


「お、よくわかったね」


地下にあるトレーニングルーム。その隣にある倉庫に彼女は腰を下ろしていた。

汗だらだらの俺を見ても特に驚いた様子もない。


「ライブの時間が近いぞ」


こんなところでなにやってるんだ、とは言えなかった。

なぜなら彼女の目の前には、一枚の写真があったから。


そこに写っているのは、古村をセンターにして取り囲む男女数人。

皆幸せそうな表情を浮かべながら肩を抱き合っていた。


「.....無理やり引っ張ろうとは、しないんだね」


「空気読んだだけだ。ただ、その写真はアンタにとって死ぬほど大事なものなんだろ?」


そうでなければ、こんな部屋に写真一枚をぽつんと置いて弦を弾かない。


「......ちょっとだけ、話聞いてくれる?」


「聞くだけならな」


「私、実は別に音楽が好きでもないんだ。


きっかけは、小学生のころ無理やり入らされた音楽教室。

当然嫌だった。大して好きでもないギターなんか触っても何の感情も起きなかった。


それが変わったのが、この写真に写ってるみんなと出会ってから。

ずっと教室の隅っこで大人しくしてる私に話しかけてきてくれた、あの時の笑顔は今も覚えてる。

多分あの時のみんなは、ただ私が同い年だったから話しかけただけだったんだろうね。


それからは楽しかった。楽しすぎて、授業の日を週6に増やしたくらい。

上達していく実力と、そのたびに褒めて笑いあってくれるみんなとの時間が宝物だった。

いつか私達でバンドを組んで、世界一有名になろう。

そう誓い合った。これがその時の写真ね。


だけど、そういかなかった。

全てはゾンビの所為。ある日いつものように教室で練習していたら、突然ゾンビが雪崩れ込んできた。

大パニックの中、みんなが私を逃がしてくれた。貴女だけは生きて。誰よりも才能があるんだから、って。


あとはひたすらこの基地で、惰性で毎日を生きてるだけ。音楽が大好きだった私はあの時死んだ」


そこまで言われて、俺はようやく気が付いた。

今ここにいる奴らは、皆ゾンビという未知の生物に対する恐怖に絶望し、怯えながら生きてるんだという事を。

一見笑っているように見える奴も、過去のどこかで打ちのめされた。


今ここに古村がいるのも、多分ふと思い出してしまったからなのだろう。

要するに、トラウマがフラッシュバックしたというわけだ。だから逃げたんだ。


「......ライブは? 元はお前が始めたんだろ?」


「始めたのはただの気分だよ。ちょうど経験者がいたから」


「ちげーよ。今日のライブの事だよ」


生きる希望を削ぎ落され、この狭い土地で死を待つだけの人生。

それでも生きる。前に進む。

それがこの世界に生きる人間なんだという事に、たった今俺は気づいた。


だからこそ、古村には立ち上がってもらわないといけない。


「......そうだね、今日のライブは中止に......」


「ふっざけんなよおい!!」


傍に立っていた俺の急な大声で、思わず古村が俺を見た。


「あんだけの人待たせといて自分都合で中止だと? 世の中舐めてんのかぁ!?」


「だけど、思い出しちゃったんだからしょうがないじゃん!」


「何がしょうがないだこの野郎!」


立ち上がった古村の胸倉を掴む。


「ここの奴らは皆お前と同じように失ってきた奴らばかりなんじゃねえのかよおい! それでも皆、お前の演奏を楽しみに生きてんだぞ!?」


週一のライブが住民の唯一の娯楽であり希望、と白珠が言っていた。

それが嘘でないならば、皆の心の拠り所は古村なんだ。


「期待を裏切るなよ! 楽しみを奪うなよ!」


古村の目に、涙が浮かぶ。


本当は、俺だってライブを楽しみにしてた。

こんな世界で、プロ顔負けの演奏が聴けるなんて白珠から言われてたんだ。

生前はライブなんて行ったこと無い。そりゃ心も踊るさ。

だから今こうやって怒ってるのも、自分の期待を裏切られたからなのかもしれない。


「そんなに嫌ならライブなんかやめて、どっか一人で野垂れ死んじまえよおい!」


そこまで言った瞬間、古村からの拳が飛んできた。

怒らせるようなことをずっと言ってきたんだから、当然避けはしない。


「私を......舐めるなあああ!!」


さっきまでトラウマに飲み込まれてた人とは思えない怒りの声。


「何がライブをやめるだ! そこまで言うならやってやんよ、世界一のライブ!」


わざと怒らせて、情熱を再燃させる。

緊急時故の荒療治ではあったが無事うまくいったみたいだ。


「......わかってんじゃねえか。行ってこい」


「うん。......絶対観に来てよ」


袖で涙を拭った後、古村凛花は駆け出した。その胸ポケットに、思い出の写真を詰めて。

俺の事なんて、一度も振り返らない。


『最上川さん、古村がアリーナに行きました。白珠にも伝えといてください』


それだけ言って、無線機を切る。


「さて、俺もライブ観ますか」


俺も鼻血を拭って立ち上がった。

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